と、安請け合いしたものの。
沙也葉のリクエストに応えるにはまず、キャラクターを知らないとお話にならない。
つまり、ヒノちの元キャラ、『ヒノキ』が出てくるソシャゲ『夢幻フレグランス』と、リュぴの元キャラ、『紫郷リュウ』が出てくる『バーチャル戦隊ゴーバイラル』を履修しなければならなくなった。
『バーチャル戦隊ゴーバイラル』の視聴は沙也葉所持のブルーレイを待つことにして、まずは『夢幻フレグランス』をダウンロードしてみた。
しかしこのゲーム、キャラクターが100人くらいいるらしい。
「嘘……ヒノキはどうやって出すの」
瞳子は途方にくれた。
『ミッションをこなして素材を集めて調香するんだよ! 素材の割合は……』
一旦東京に戻った沙也葉がメッセージで丁寧に教えてくれるが、必要素材が多く、集めるのが大変そうだ。
「そのレシピでやれば必ず出るの?」
『確率的には三パーセントくらいかな』
「えっ」
『大丈夫、ステージが進むと集まる素材も増えるし!』
ステージを進めるには、入手しやすいミントやレモンを育て、集めた素材でジャスミンやキンモクセイをゲットし、それぞれのストーリーを開放する必要がある……と、説明だけで気が遠くなる。
「果てしないよ~」
『マイペースでいいから、ぼちぼち進めてて。そっちに合流したら、効率的な方法を教えるよ』
だったら今教えて欲しいと思ったが、自信満々の沙也葉を信じて、言う通りにすることにした。
***
結局ヒノキは入手できないまま、沙也葉の引っ越し当日を迎えた。
搬入作業自体はさほど大変ではなかった。東京で家具を処分したり売ったりする方が大変だったらしい。
沙也葉は、母が使っていた二階の部屋を使うことになった。瞳子の部屋とは隣同士だ。
一階に収納する荷物をあらかた片付け、ダンボールをたたんでまとめていると、沙也葉がぬいぐるみを胸に抱えて二階から下りてきた。
「改めて、ヒノちとリュぴです。よろしくね」
沙也葉がヒノちとリュぴの短い手を差し出してくる。瞳子はそのちんまりした手を握った。
「よろしく~」
当然だが、お手々はふわふわだった。
「ぬいたちは基本的に元キャラの人格だけど、幼児化みたいなイメージで、元キャラより幼い言動をするよ。うちの子たちがしゃべるときは、基本的にひらがなのイメージ」
「なるほど」
「さて、ムゲフレはどうなってる?」
沙也葉は瞳子のプレイ画面をチェックした。
「ちゃんと毎日ログインしてるじゃない。偉いよ!」
「頑張ったと思うけど、当分ヒノキは出せる気がしないよ。まず素材がなかなか集まらない」
沙也葉がにやりと笑った。
「その素材を、一気にごっそり集める方法があります」
「ほんと? どうやるの?」
「この、魔法のカードを使います」
沙也葉が二本指で挟んで顔の横にかざしたのは、コンビニでよく見るプリペイドカードだった。
カードの表面には、数字の1と、0が四つ並んでいる。
「一万円!? 待って、怖い怖い怖い」
「ダイジョウブ。コワクナイヨ」
課金画面を開かせた沙也葉は、コードをぽちぽち入力した。
「さあ! レッツ調香!」
完全に目がイッている。
大丈夫? これ、怖い世界に足を踏み出してしまったんじゃない?
私は正気を保っていたいのにー!
約十分後。
ようやくヒノキが出たときは、ホッとして泣きそうだった。
「瞳子、引きいいよ! アンバーもムスクも出たし、実質タダだよ!」
「ここまでに七千円分くらい使ったよ。タダとか意味がわからないよ」
「よく考えて。瞳子のお金はなくなってない。むしろ増えてる」
そりゃ、沙也葉が課金した残額があるのだから、瞳子のお金は増えていることにはなるが。
「なのにヒノキもアンバーもムスクもいるんだよ。彼らの価値は実質一億……ごめん、タダじゃなかった! 実質一億だった!」
……なんだか、沙也葉が遠い。
「怖いよー、オタク怖いよー」
「大丈夫、すぐ慣れるよ。沼の中は気持ちいいよ」
「やだ! 理性を失いたくない!」
瞳子は沼の誘いに怯えながらヒノキのストーリーをいくつか解放し、ようやく沙也葉のマンツーマンプレイから解放された。
やれやれと安堵しながらふと横を見ると、沙也葉が土下座していた。
「え、何、なんで?」
「ごめんなさ……瞳子に早くヒノキを知って欲しくて、やりすぎました……」
先ほどのテンション高い狂気は消え失せ、沙也葉はしおしおしている。
「いや、でも知って欲しかったのはわかるよ。名家に生まれながら父が悪の道に染まって……重い背景があったんだね」
「そう! なのに本人はあんなに穏やかで高潔で癒し系で!」
いらぬスイッチを入れた気配がしたので、瞳子は慌てて話題を変えた。
「ゴーバイラルの方は?」
これが、終わりの合図だった。
『バーチャル戦隊ゴーバイラル』の全五十話耐久レースが、今始まる。
沙也葉のリクエストに応えるにはまず、キャラクターを知らないとお話にならない。
つまり、ヒノちの元キャラ、『ヒノキ』が出てくるソシャゲ『夢幻フレグランス』と、リュぴの元キャラ、『紫郷リュウ』が出てくる『バーチャル戦隊ゴーバイラル』を履修しなければならなくなった。
『バーチャル戦隊ゴーバイラル』の視聴は沙也葉所持のブルーレイを待つことにして、まずは『夢幻フレグランス』をダウンロードしてみた。
しかしこのゲーム、キャラクターが100人くらいいるらしい。
「嘘……ヒノキはどうやって出すの」
瞳子は途方にくれた。
『ミッションをこなして素材を集めて調香するんだよ! 素材の割合は……』
一旦東京に戻った沙也葉がメッセージで丁寧に教えてくれるが、必要素材が多く、集めるのが大変そうだ。
「そのレシピでやれば必ず出るの?」
『確率的には三パーセントくらいかな』
「えっ」
『大丈夫、ステージが進むと集まる素材も増えるし!』
ステージを進めるには、入手しやすいミントやレモンを育て、集めた素材でジャスミンやキンモクセイをゲットし、それぞれのストーリーを開放する必要がある……と、説明だけで気が遠くなる。
「果てしないよ~」
『マイペースでいいから、ぼちぼち進めてて。そっちに合流したら、効率的な方法を教えるよ』
だったら今教えて欲しいと思ったが、自信満々の沙也葉を信じて、言う通りにすることにした。
***
結局ヒノキは入手できないまま、沙也葉の引っ越し当日を迎えた。
搬入作業自体はさほど大変ではなかった。東京で家具を処分したり売ったりする方が大変だったらしい。
沙也葉は、母が使っていた二階の部屋を使うことになった。瞳子の部屋とは隣同士だ。
一階に収納する荷物をあらかた片付け、ダンボールをたたんでまとめていると、沙也葉がぬいぐるみを胸に抱えて二階から下りてきた。
「改めて、ヒノちとリュぴです。よろしくね」
沙也葉がヒノちとリュぴの短い手を差し出してくる。瞳子はそのちんまりした手を握った。
「よろしく~」
当然だが、お手々はふわふわだった。
「ぬいたちは基本的に元キャラの人格だけど、幼児化みたいなイメージで、元キャラより幼い言動をするよ。うちの子たちがしゃべるときは、基本的にひらがなのイメージ」
「なるほど」
「さて、ムゲフレはどうなってる?」
沙也葉は瞳子のプレイ画面をチェックした。
「ちゃんと毎日ログインしてるじゃない。偉いよ!」
「頑張ったと思うけど、当分ヒノキは出せる気がしないよ。まず素材がなかなか集まらない」
沙也葉がにやりと笑った。
「その素材を、一気にごっそり集める方法があります」
「ほんと? どうやるの?」
「この、魔法のカードを使います」
沙也葉が二本指で挟んで顔の横にかざしたのは、コンビニでよく見るプリペイドカードだった。
カードの表面には、数字の1と、0が四つ並んでいる。
「一万円!? 待って、怖い怖い怖い」
「ダイジョウブ。コワクナイヨ」
課金画面を開かせた沙也葉は、コードをぽちぽち入力した。
「さあ! レッツ調香!」
完全に目がイッている。
大丈夫? これ、怖い世界に足を踏み出してしまったんじゃない?
私は正気を保っていたいのにー!
約十分後。
ようやくヒノキが出たときは、ホッとして泣きそうだった。
「瞳子、引きいいよ! アンバーもムスクも出たし、実質タダだよ!」
「ここまでに七千円分くらい使ったよ。タダとか意味がわからないよ」
「よく考えて。瞳子のお金はなくなってない。むしろ増えてる」
そりゃ、沙也葉が課金した残額があるのだから、瞳子のお金は増えていることにはなるが。
「なのにヒノキもアンバーもムスクもいるんだよ。彼らの価値は実質一億……ごめん、タダじゃなかった! 実質一億だった!」
……なんだか、沙也葉が遠い。
「怖いよー、オタク怖いよー」
「大丈夫、すぐ慣れるよ。沼の中は気持ちいいよ」
「やだ! 理性を失いたくない!」
瞳子は沼の誘いに怯えながらヒノキのストーリーをいくつか解放し、ようやく沙也葉のマンツーマンプレイから解放された。
やれやれと安堵しながらふと横を見ると、沙也葉が土下座していた。
「え、何、なんで?」
「ごめんなさ……瞳子に早くヒノキを知って欲しくて、やりすぎました……」
先ほどのテンション高い狂気は消え失せ、沙也葉はしおしおしている。
「いや、でも知って欲しかったのはわかるよ。名家に生まれながら父が悪の道に染まって……重い背景があったんだね」
「そう! なのに本人はあんなに穏やかで高潔で癒し系で!」
いらぬスイッチを入れた気配がしたので、瞳子は慌てて話題を変えた。
「ゴーバイラルの方は?」
これが、終わりの合図だった。
『バーチャル戦隊ゴーバイラル』の全五十話耐久レースが、今始まる。