地下牢の兵士からチョークを借りて、数時間が経った。
 時計が無いから分からないけど、たぶん夜中だと思う。
 やけに静かだもの……。

 数十年ぶりにチョークを手にした私は、最初こそブツブツと文句ばかり言っていたけど。
 気がつくと、白いチョークを使って牢屋の床に絵を描いていた。
 やっぱり、私はお絵かきが大好きなのだと思う。
 こんな物でも、描いていると心が落ち着くもの。

「お、こんなもんかな? やればできるな、私って」

 と床に描いた絵を見て、ひとりで頷く。
 先ほど私にクッキーを差し入れしてくれた、ザリナだ。
 背が高くて綺麗なお姉さんって、感じだったな……。
 もうちょっと、ゆっくり彼女を眺めたら特徴を掴めそう。
 
 でも……”相手”がいないとつまんない。
 かと言って、今からキャラを追加するには、スペースが足りない。
 仕方ない。今度は牢屋の壁に一から描き直すかっ!

 ~翌朝~

「ふぅ~ これで完成だわっ」

 壁一面に百合カップルが、イチャついているイラストを描いたから、チョークが無くなってしまった。
 キャラだけじゃなく、背景にもこだわっちゃった。
 お花畑の上で、背の高い女性と可愛らしい女の子が口づけを交わしている。
 しかもディープキス。

「う~む。ナイスですわぁ」

 なんてたって、素材が一級品だもの。
 メイドのザリナと、本作の主人公オリヴィアを描いたから。
 10年以上デジタル派だったけど、アナログも味があっていいもんね。
 そんなことを考えていると、背後から叫び声が聞こえてきた。

「なぁああっ! 貴様、ユリ……なんてものを壁に書いてくれたんだ!?」

 と柵から顔を突っ込もうとする兵士。
 もちろん、岩みたいな大きな顔をしているから頭は入らない。

「え? お絵かきですけど」
「これのどこがお絵かきだ!? よりにもよって、アラン王子の婚約者であられる。オリヴィア様でこのようなものを……」

 そう言いつつもこの兵士は、どこかそわそわしていた。
 腰にかけている牢屋のカギを手に取り、扉を開けて……。
 気がつけば、私の隣りに立って一緒に壁の絵を眺めている。

「な、なぜだ……私はアラン王子に忠誠を誓ったというのに。この絵を見ていると、胸がこう……何と言えばいいのだ?」

 その言葉を聞いた私は、思わずほくそ笑む。

「はは~ん。兵士さんって百合がお好きなんですね?」
「ゆ、ゆり? なんだそれは……頼む、教えてくれ!」

 どうやら、興味津々のようだ。目が血走っている。
 私の両肩を掴んでブンブンと揺さぶるし。

「兵士さん、落ち着いてください。あなたに今起きている心情は、”キマシタワー!”というものです」
「き、来ました? 何が来たというのだ?」
「まあ、時間はたっぷりとありますから……」

 フッ、一人落ちたな。