午前七時。俺は隣の家の前で数メートル先から気だるそうに歩いてくるあいつを仁王立ちして出迎える。

(せい)! どこ行ってたんだよ!」
「んー、じんくん家?」
「じんくんって誰?!」
「知らない。そう呼んでって言われたから」

 興味無さそうにに答えるこの美青年は幼なじみの屑川星(くずかわせい)だ。
 少し背の低い華奢な体に色素の薄いサラサラの髪、毛穴なんて見えないほど透き通った肌に長い睫毛を携えた切れ長の二重。
 よく女性に間違えられる程綺麗な容姿をした星はかなりモテる。
 そして誘われれば誰振り構わず付いていく。
 そう、女でも男でも。

「星、この前だって彼氏のいる女の子の家に行ってトラブルになっただろ? もうそういうのやめろよ」
「だって暇だし、寂しいし?」
「だからって知らないやつについて行くなよな。誰か一人に絞るとかさ。星ならそんな相手すぐみつかるだろ」
「それは面倒くさいよ」

 不特定多数と関係を持つことの方が面倒くさいだろうと思うが、そんなことを言っても星には何も響かない。
 俺は呆れた目を向けてため息を吐くが星は気にしていない様子で俺の横を通り過ぎて行く。

「星、シャワー浴びたら学校行くぞ」
「えーやだ。寝る」
「だ、め、だ! 百合子さんから、さぼって留年なんてことには絶対しないでくれって頼まれてるんだから」

 星は目を細めむすっとした顔をしたが、母親の名前を出すと大抵素直に言うことをきく。
 所詮、親には逆らえないということだ。

「わかったよ。ねえ奏汰(そうた)、一緒にシャワー浴びる?」
「っな!」

 星は悪戯っぽく笑いかけてくると、少し顔を赤くした俺の反応に満足したように家の中へ入って行った。
 俺も後を追うように屑川家へと入る。

 星の両親は現在仕事の関係で県外で暮らしている。
 星は高校から近いのと元々持ち家だということもあり両親にはついて行かず実家で一人暮らしをすることになった。
 そして俺は昔からずぼらで不精で節操なしの星のお目付け役を星の母親百合子さんから頼まれている。

 もう当たり前のように出入りしている屑川家のリビングのソファーに腰掛けシャワーを浴びる星を待つ。
 ソファーには洗濯物が乱雑に置かれてあり、なんとなく手にとっては畳んでいく。
 別に世話をしてやろうと思っているわけではない。
 体が勝手に動くのだ。俺がしてあげなければと。
 
 生まれた時から隣同士に住んでいる俺たちは気心知れた関係ではある。
 だが星の行動には理解が追い付かないことが多々ある。
 それでも放って置けないのは幼いころからの信頼関係と俺だけに見せるあの破壊力のある笑顔のせいだ。
 いつも気だるそうで無愛想な星が、俺にだけに見せる表情が幼なじみとして気を許してくれているようで特別に思えるのだ。

 十分程で星はシャワーを浴び、戻ってきた。
 
 上半身は裸で滴るほどまだ濡れた髪をそのままに、ソファーに置いてあるTシャツを適当に選んで袖を通す。
 サイズがあっていないのではないかと思う大きなTシャツは鎖骨が露になるほど首もとが開いている。

「ちゃんと髪乾かしてから出てこいよ。風邪ひくだろ」
「大丈夫でしょ。夏だしすぐに乾くし」

 星は髪を乾かす気はないらしく服を着ると俺の横に座る。
 
 そのなんとも言えない色っぽさに思わず目を逸らす。
 風邪をひくからというのは建前で、その色気をどうにかしろと言いたいのだ。
 それにそのまま学校に行こうものならきっと全生徒の視線を集めてしまう。

 洗濯物の中から白いワイシャツを手に取ると星に手渡す。

「ちゃんと着てけよ」
「はーい」

 返事はいいがTシャツの上から羽織っただけだ。

「ボタン! 締めろって!」
「ええー。これくらいいいでしょ」
「だめだ! 首元が見えてる」
「見えてもいいじゃん。てか、そんなとこ見てるの奏汰だけだよ」
「ち、違うっ。いつもみんな見てる!」

 俺は立ち上がり洗面所からドライヤーを持ってくると、ソファーの背もたれ側に回って星の髪を適当に乾かしていく。

「奏汰、もっと優しくしてよ」
「だったら自分で乾かせよな」

 文句を言いながらもされるがまま気持ち良さそうに目を閉じる星に、こいつが女だったらなと何度考えたかわからない妄想をする。

 俺は今まで彼女というものが出来たことはない。
 中学、高校とそれなりに仲の良い女友達はいる。
 だが、恋愛に発展することは一度もなかった。
 
 俺は良くも悪くも普通の容姿をしている。
 星より頭一つ分高いくらいの身長、特徴のない平凡な顔はいつも隣にいる星の容姿を際立たせるだけの存在だ。
 近くにいた女の子たちの星を見る目と俺を見る目が明らかに違うので恋愛対象として見られていないことは一目瞭然だった。
 そうすると変な勘違いをすることなくフランクに接することができる。
 おかげで女友達は多くいても、今だに彼女はできないけれど。
 
 そしてなにより近くにいた女友達より星の方が何倍も可愛いのだ。
 女の子たちが俺と星を比べていたように俺も無意識に星と女の子たちを比べてしまっていた。
 
 一つ言っておくが、星をそういう対象として見たことはない。
 可愛くて俺にだけに心を開いてくれる女の幼なじみがいればいいのにという願望をもっているだけだ。
 星には絶対言えないが。言ってしまえば「僕のこと女だと思っていいよ」なんてよくわからないことを言い出しかねない。
 それくら節操のないやつなんだ。

 星の髪を乾かし終え、手櫛で少し髪を整えてやると満足そうに振り向き「ありがと」と無邪気な笑顔を向けてくる。

 あー。だから俺はこいつのことが放っておけないんだ。