翌朝、ワクワクしながら教室に入ると、薫は既に来ていた。席に座りながら、
「薫、夕べはよく眠れたか?」
と耳元でささやいた。手を頭に置く。薫は振り向いて、
「うううん。眠れなかったよ。」
と小声で言った。
「俺も。」
そう言って二人で笑い合った。そこへ、
「ちょっとお二人さん、何イチャイチャしてんだよ。」
と、彰二が登場した。
「京一、ちょっと来い。」
と言って俺を教室の後ろへ促す。
「なんだよ、彰二。」
「お前ら、ひょっとして上手く行っちゃったのか?」
俺は、なんとも言わずに目を泳がせた。彰二は大きくため息をついた。
「まあ、上手く行ったのなら、おめでたいけどな。仲がいいのが目立つと、薫君に被害が及ぶぜ。」
「え?」
「思い出してみろ。ただの友達だった俺でさえ、あれこれいちゃもんつけられたんだぜ。薫君がどんな目に遭うか。俺は他人事なれど、心配だよ。」
彰二、お前はやっぱりいい奴だ。なかなか言ってやれないけれど。
「そうか……。そうだったな。気を付けるよ。」
彰二はよし、とばかりに頷いて、自分の席へ向かった。
「彰二、サンキュー。」
俺がそう言うと、彰二は振り向かずに片手を上げた。かっこつけちゃって。
薫は、俺たちが話しているのをちらちら見ていた。俺が席に戻ると、心配そうに俺を見る。そんな目で見るなよ。可愛いじゃねえか。
「人前でいちゃつくなってさ。確かにそうだよな。気を付けよう。」
そう言うと、薫は更に心配そうに眉根を寄せた。せつない。せっかく遠慮なく話しかけたり、ボディタッチもできるようになったと思ったのに。
「ごめんな。」
俺はそう言って薫の肩をポンポンと叩いた。これなら友達同士な感じがするだろう。
放課後、俺は自転車置き場で薫を待った。他のチャリ通の生徒たちが驚いて俺をちらちら見る。うーん。これもまずいかなあ。俺は柱に寄りかかり、手持無沙汰に手をポケットに入れた。
「あれ?矢木沢。お前チャリ通じゃないよな?」
知り合いに会った。
「おう。人を待ってるんだ。」
そう言ったものの、やっぱり不安になってきた。これじゃあ目立ちすぎる。でも、いつも人目があって、せっかくの両想いなのに。ぐすんぐすん。
そこへ、薫が現れた。俺がいたのでびっくりしている。
「バイバイもしないで帰っちゃったのかと思った。」
そう言って、薫は笑った。
「そんなわけないだろ。一緒に帰ろうぜ。」
そう言うと、薫の顔がぱあっと輝いた。
「あ、でも、僕の家は駅の方角じゃないよ。」
「いいんだよ。駅へ向かう道は人目が多すぎるから。」
そして、薫は自転車を押して、俺は薫の左側を歩いた。学校から少し離れると、生徒は誰も歩いていない。時々後ろから自転車で追い抜かれるので気が抜けないが。
「話くらいはできるよな。」
「そうだね。」
俺たちは、今まであまりできなかった、お互いの身の上話などを話した。あっという間に時は過ぎる。駅へ行くにはこの道だよと薫に教えられ、そこで別れることにした。また明日会えるけれど、それでも離れがたい。俺は、自転車のハンドルを握る薫の手の上に、そっと手を乗せた。どこで誰が見ているか分からないし、これ以上の事はできない。ああ、恨めしい。
あの時のように、薫はもう一方の手を握り、自分の胸に当てて、少しうつむいた。
「それ、何?どうした?」
俺が聞くと、
「ドキドキして苦しいんだ。」
ぼそっと薫が言った。ドキドキしてるポーズだったのか。なんか、それを聞いて俺の心臓もドクンと大きく脈打った。ぎゅっと更に手を強く握って、それからそっと離した。
「じゃあ、また明日。」
「うん。」
二人で笑い合って、分かれた。テストが終わったら絶対二人きりで会うぞ、と決めた俺だった。