春風の中、出会ってしまった。
クピドーのいたずらに。
神の御手から逃れられない、そんな僕らの運命に。
三月上旬。三年生は卒業を前にして週に一日しか学校に来ない。よって一、二年生たちも春休みを目前に控え、その前にある期末テストも何のその。何やら浮き足立っている。
そう、冷めた目で周りを見回している俺自身、本当は一番浮いた気分でいたのかもしれない。この一年通い通したK高校が、一瞬にして色を変えてしまったのだ。春の色に。
春風が気持ち良く吹く放課後。俺は生徒会の会合に向かうべく、ノートを小脇に抱え、中庭を歩いていた。あれ?放送かな。
どこからか、弦楽器のメロディーが流れてきた。辺りには人っ子一人いない。どうして今頃音楽なんかかけているのだろう。俺は中庭を突っ切り、教室のある第二校舎と生徒会室のある第一校舎の間の渡り廊下に向かっていた。中庭を突っ切ると、ちょうど渡り廊下の真ん中にぶつかるのだ。
中庭を突っ切る道は大きくカーブしている。だから、だいぶ近づくまでそれは見えなかった。俺は、まさかそこに音源があるとは思わなかったのだ。俺はその音源を一目見て、硬直した。
“彼”はまっすぐに立ち、ほんの少し首をかしげ、肩にヴァイオリンを乗せていた。右手はしなやかに動き、体全体の微妙な動きに合わせてかすかに前髪が揺れていた。伏し目がちな目は、俺の気配を感じてかゆっくりと視線を上げ、まっすぐに俺を見た。その瞬間、俺の体はある種の衝撃に打たれた。しかし、目が合ったのは一瞬で、また彼は視線を下げてしまった。
人間がなぜ彫像を造るのか、今初めて分かったような気がした。美しいギリシャ彫刻は、美しい人の美しい瞬間を残しておきたくて、生まれたに違いない。
今、目の前に立つこの人は、美しいバックミュージックに彩られ、美しく、美しく、存在している。天使か神か、ああ何に例えたらいいのだろう。俺は今までこんなに美しい人を見たことがなかった。
あの人は何年生だろう。名前は……
「矢木沢。おい、矢木沢。」
「あ、はい。」
「どうしたんだ、ボーっとして。珍しいじゃないか。」
生徒会室に集まって会合を始めた役員たちは十名。俺もその一人だ。議長をしていた生徒会長、秋元圭介が不思議顔でこっちを見ていた。
「恋わずらいか?」
「えっ」
「矢木沢が恋わずらいなんかするわけないだろう。どんな女だってイチコロだからな。」
「そうだよなあ。」
二年生たちが何か言っているが、俺は秋元さんの恋わずらいという言葉によって大きな衝撃を受けたらしい。心臓が音を立てている。
恋……?まさか。そんなばかな。相手は男だぜ。だけど、だけど……。