各団、集合写真撮影。
優勝した赤団から呼ばれて撮り終え、赤いハチマキを外した。
気を張っていたのが急に落ち着いて、ふう、と息をつく。
考えないようにしていたことが、すぐに頭を支配した。
オレ……九条のことが、すごく、好きだ。
孝紀の時みたいな曖昧な感じじゃない。九条のことが、全部。全部好き。
どうしよう。こないだまで言ってた、色んな意味で全部好き、とか。そんなんじゃない。もう、明らかに、恋、だ。
そう思った瞬間。涙がにじんできて思わず拭うと。
皆は、オレが、赤団が優勝したから泣いてると思ったみたいで。泣くなよーとか言って、またそこで盛り上がってしまった。しばし後、先生たちに椅子を拭いて教室に戻って、と言われて、ばらけ始めたその時。
「綾瀬」
九条に腕を引かれた。皆が前を歩いていくので、一番後ろで、九条と二人になる。
胸が、ドキドキして、なんだか痛い。
「……オレ今から生きてきて一番すごいこと、言うから、聞いてて」
「え?」
強い視線を受けて、固まっていたら。
「オレ、世界で一番、綾瀬が好きだよ。……ずっと一緒にいたいと、思ってる」
「……え」
まっすぐ見つめられて告げられた言葉に驚いて、声も出ない。
「同じ気持ち、だったら……後夜祭の前に、美術室に来て?」
「…………」
「……待ってるから」
オレを見つめてそう言って、九条は、オレから離れていった。
その言葉を噛みしめていたら、また涙が零れて来て。
オレは、また気づいた皆に、もみくちゃにされた。
◇ ◇
後夜祭は、自由参加。生徒も親も、出ても良いし、帰ってもいい。
バンド活動をしてる奴らが演奏したり、吹奏楽部や合唱部が音楽を鳴らしたりする。キッチンカーが何台も来てくれているので、食べたり飲んだりしながら、音楽で踊ったり、歌ったり、とにかく大騒ぎ。
自由参加だけど、例年、ほとんどの生徒が参加してる気がする。ほんとなら。今日の大勝利の団長だから、皆と大騒ぎしたいところだけど……。オレは校舎の中に入って、ここ半年ですごく行き慣れた美術室に向かう。ドアを開くと、電気はついてなくて。でも、校庭の華やかなライトが、教室を照らしていて、いつもと全然違う雰囲気。
「九条」
「……綾瀬」
振り返った九条が、オレを見て、ほっとしたように笑った。ゆっくり近づいて、九条の目の前に立つ。
「良かった。来てくれて」
「……来るよ」
見上げると、ふ、と嬉しそうに笑う九条。
「……生きてきて、一番、すごい言葉だったの?」
「そうだよ。……もいっかい、ちゃんと、言う」
照れたように笑った九条を、まっすぐ、見上げる。
「オレ、綾瀬のことが、世界で一番、好きだよ。……オレ、きっとずっとそうだと思う」
「――……」
「誰よりカッコいいのに、誰より可愛い」
「……九条……」
自分の瞳が、潤むのが分かる。
「いつも一生懸命で、優しくてあったかくて」
「――……」
「綾瀬が、大好きだよ。だから、オレと、付き合ってほしい」
「うん」
すぐ頷いて、まっすぐ、九条と見つめ合う。
「……つきあう……」
言った瞬間、ぽろ、と涙が零れ落ちた。ふ、と微笑む九条の手が、涙をぬぐう。
「ほっぺにキスしていい?」
「…… ん? ……うん……」
……ほっぺ?
そう思ったら、九条の唇が触れたのは……さっき、大介が、キスしたところ。
「綾瀬に何すんだって、佐原のこと、ぶん殴ってやろうかと思った……」
「九条がぶん殴る、とか……」
「ほんとに思ったよ」
クスクス笑いながら、もう一度、頬にキスされた。
「あ……待って、なんか……」
「ん?」
「あの……九条が、大介と間接キス、してるみたいで、ちょっとやだなぁ……と思ったんだけど……」
九条がものすごく嫌そうな顔でどんどん固まってしまったので、苦笑いしか浮かばないオレ。
「ごめん、よけいなこと、言った……」
「ほんとだよ……」
言いながらも、クスクス笑って、九条は、オレをぎゅ、と抱きしめた。
「今のなしね」
「うん」
ふふ、と笑って、見上げる。
「……綾瀬に、キスしてもいい?」
「――――……」
わー……。キスしてもいい、なんて、言うんだ、九条……。
なんだか感動にも似た気持ちで見上げる。
「……うん」
頷くと、九条がすぐ近くからオレを見つめる。九条の、優しい手が、頬に触れて。
「オレ、会った時からずっと、綾瀬のこと、忘れられなかった。……話すようになってから、もう、どんどん、好きで……」
「…………」
「……綾瀬のことが、ずっと大好きだよ」
そう言った、九条の唇が、やわらかく、唇に、触れた。
どう、しよう。……すっごい、嬉しい。きゅ、と九条の服を握り締める。
「……九条……オレも……好き……」
「……うん」
きつく、その腕の中に包まれる。少ししてから、顔が見たくて、そっと九条を見上げる。
「……ジンクス、聞いたよ」
そう言われて、かあっと顔が熱くなる。
「あ、だから付き合おうって……?」
「だから、じゃないよ。一生懸命な綾瀬のこと好きだと思った。オレ今日、運動楽しいと思えた、綾瀬のおかげで。……ジンクスの話した時の綾瀬が、可愛くてしょうがないって思って。ジンクスに乗っかるのもあだと思ったけど……だからってことじゃないよ」
校庭からカーテン越しに、キラキラ綺麗な虹色のライトが揺れる教室で。外から、折しも、ロマンチックな恋の歌が演奏されてて。
もうトキメキが半端じゃない。
「……九条」
「ん?」
「オレ、ずっとね、人を……好きになれないのかもって、思ってて……」
「……ん」
「……好きって想わせてくれて、ありがと……」
「――……ッ……」
なんだか不意に眉を寄せて、泣きそうな顔をした九条に、ぎゅう、と抱きしめられた。
「……オレを、ずっと、好きでいてもらえるように、頑張る」
「頑張らなくて、いいよー……」
「頑張る」
「……そのままで、大好きだよ……」
そう言ったら、少し腕を解かれて、そっと、キスされた。
「……泣かせたいの? オレのこと」
「え。……あ、うん。……ちょっと、泣かせたいかも」
少し離れた唇の間で、笑みを含んだセリフを囁き合う。視線が絡んだ瞬間、二人とも顔が綻んだ。
こつん、と額をくっつけ合って、ふふ、と笑って。
「「大好き」」
完全にかぶった言葉が嬉しくて。クスクス笑ったら。
九条の優しい手が、オレの頬を挟んで、そっと、引き寄せる。
ゆっくりゆっくり、大好きのキスを重ねた。
それから、遅れて後夜祭に参加したオレたちは皆に迎えられて、とてもとても、楽しい夜を、過ごした。