皆がトラックの中に並んで座る中、トップバッターで走る綾瀬たちが、立ち上がる。
応援席の保護者たちまでが、長い、赤いハチマキを結び直している綾瀬を見ているような気がしてしまう。存在感が、すごすぎると思う。背が飛びぬけて高いというわけでもないのに、なぜか周りに埋もれず視線を引き付ける。
すらりと伸びた手足と、強い視線と、楽しそうな笑顔が、とにかく目立つ。ハチマキを結び終えた綾瀬が、反対側のレーンで立ち上がった第二走者の小泉に向けて叫んだ。
「理央! 絶対一位で渡すから!」
綾瀬の叫びに、小泉は、ははっと笑って、手を振り返す。
「赤団、絶対勝つよー!」
トラックの中に座っている皆に、檄を飛ばす。皆、言葉や仕草でそれに応じる。赤団の士気は、突然マックスまで駆け上がる。同じように、青団、黄団、緑団も、それぞれ檄を飛ばしている。最高潮にもりあがった中。最初の四人がスタートラインに並ぶ。先生たちが、しー、と静かにするように求めて、少しずつ静かになっていく中。
まっすぐに前を見つめる、綾瀬の視線。
「よーい……」
先生の声。少しだけ間が空いて空砲の音。四人一斉に走り出した。各団を背負ってトップバッターに選ばれているから、全員本当に速い。その中で、綾瀬が抜き出た瞬間。赤団が、わっと沸いた。
「……綾瀬先輩!」
「速い! 俊行け!」
「先輩、頑張って!」
大歓声の中、綾瀬が、第二走者の小泉にダントツのトップで、バトンを渡した。渡し終えた綾瀬が、座って待っている皆に、とびきりの笑顔で腕をあげて見せる。拍手喝采。その姿を見ていると、本当に感心する。漫画のヒーローみたいだな。なんて思ったりする。
綾瀬の活躍で一位のまま中盤までは行ったけれど、途中で一人が転ぶというアクシデントがあって、赤団は三位に落ちた。二位と三位が接戦。一位と四位が少し離れている。
あともう少しで、オレの番。……がんばろう。なんだか武者震い。すると。
「九条」
いつの間にか隣にこっそり来ていた綾瀬。
「頑張って。応援してるから」
こういう時は、いつもと変わらない、ふんわりした、楽しそうな笑顔。
「ん」
頷くと、また微笑んで、オレの背に手をぽんと置いて、自分の列に戻っていった。
次がオレの番。目を閉じて、集中。騒がしい周囲の雑音が、すう、と消えていく。
瞼に焼き付いているのは、綾瀬の走り姿。何度も何度も追いかけたし、一緒に走った。
綾瀬には追いつけないまでも、初めて「走り方」をちゃんと学んで、速くはなったはず。
アンカーにつなげる大事な役目を綾瀬がオレに託したんだ。とにかく走り切る。
ゆっくり息を吐いて、閉じていた目を開く。
今も赤は三位。二位との差は、それほどは無い。
することは、決まってる。二位を追い越して一位になるべく近づいて、できるなら追い越して、アンカーの堀越につなぐ。堀越は、陸上の短距離の選手。うまくつなげば、きっと一位になってくれる。
「九条は速いから!」 練習の時に何度も聞いた綾瀬の声が、頭によみがえってくる。
綾瀬に、絶対応える。
オレの前の走者が走り出してから、ゆっくりとレーンに出る。
赤は依然として三位。三番目の位置に並んだ。走っているのを追った視界の中で、まっすぐにオレを見ている綾瀬と、目が合った。ふ、と、綾瀬が笑う。あんまりその笑顔が綺麗でこんな時でも、見つめてしまう。
どうしてこんなにごちゃごちゃした騒がしい空間なのに、綾瀬のことは、まっすぐ見つけられるんだろう。そこの空間だけ切り取られたみたいだ。綾瀬の笑顔に頷いて返した。
近づいてくる走者にリードをとって走り出して、うまくバトンを受け取った。