◇ ◇
「綾瀬、お待たせ、ごめん」
「ううん」
二人で走る時の待ち合わせ場所で合流して、河川敷に向かう。
「いよいよ明日だね、体育祭」
「綾瀬、団長頑張って」
「うん! ……ていうか、九条こそリレー頑張ってね」
「それ言うなら綾瀬、トップバッター頑張って。……というか、ほんとにオレ、アンカーの前で良かったの?」
「うん。とにかく、めいっぱい走って?」
最終的に、綾瀬がいろいろ考えて、オレをアンカーの前に配置したんだけど。ラスト何人かは、ほんとなら速い人で固めるべき大事なポジションな気がして、結構本気で遠慮したのだが。「九条は絶対大丈夫だから。任せた」何度か言っても毎回その感じで、全然聞いてくれない。もう苦笑いしつつ、分かったと頷いたのだった。
しばらく走ってると、ふと、綾瀬が止まった。
「すっごい夕日、綺麗。明日良い天気になりそうだね」
そう言って、空を見上げている。
「九条と一緒に走り始めてさ、最初はオレと並ぶの大変そうだったけど、今はもう、結構平気な顔してるじゃん? オレ、今は結構速く走ってるからね?」
ふ、と綾瀬が笑う。
「九条が明日、めいっぱい走って、運動苦手とか、無くなるといいなあと思ってる」
「そのためにあの走順?」
「ううん。そのためとかじゃないよ。走順は、勝つために考えた」
……勝てるかな。勝てると良いけど。謎のプレッシャーがものすごくかかる。
でも。引き受けたからには、とにかく頑張るつもりだけど。
「な、九条、あのさ」
「ん?」
少し声の調子が変わったので、綾瀬を見つめると、少し言いづらそうに。
「……後夜祭、あるじゃん?」
「うん。あるね」
「……ジンクス、知ってる?」
「ジンクス? ……知らないかな。どんな?」
そう聞くと、綾瀬はなんだか焦った顔をして、ぷるぷる首を振った。
「あ、何でもない。今のなしで」
「? いいの?」
綾瀬は、ふふ、と笑って頷いた。
「うん。いい。……九条、頑張ろうね」
夕日に照らされてる綾瀬はほんと綺麗で。毎度見惚れる。
「ん、そうだね」
そう返事をして、笑い合う。
そして翌日。見事な快晴の中、体育祭が始まった。
全員で体操をした後、各団、応援団長と副団長の宣誓がある。トップバッターは前回優勝していた、赤団だった。
校庭のトラックを囲むように、団に分かれて生徒の椅子が配置されていて、その外側に見学の保護者たちがいる。
「赤だーん! 起立!」
広い校庭に、一般の生徒よりも一際長い赤のハチマキを結び、赤いはっぴを着た、元気な綾瀬の声が響き渡ると、赤団がその場で全員立ち上がる。
「全力を尽くして、最後まで、戦い抜くぞー!」
会場中の皆に注目されても、臆さない。
良く響く、大きな声で言った綾瀬は、くるりと、赤団の方を振り返った。
「優勝めざすぞー!」
赤団副団長の佐原と声を合わせて叫ぶ。それに応じて、赤団全員、右腕をあげて、「おー!」と応えた。元気すぎる綾瀬に導かれるように声をあげた赤団に、会場の保護者たちからも拍手が飛んだ。
一際目立つ宣誓を飾って、綾瀬は佐原と顔を見合わせて笑う。いつもの、可愛い感じの綾瀬じゃない。凛々しい、表情。隣の女子たちが、赤団で良かった、綾瀬先輩カッコよすぎる、と楽しそうに話してる。
ほんと、すごくカッコイイよな、綾瀬。どれだけ、人たらすんだか……。自然と顔が綻んでしまう。
宣誓の後、様々な競技が行われ、その都度、校舎の三階にぶら下がっている得点表に点が足されていく。いい勝負で進み、昼を挟んで応援合戦が行われた段階でも僅差。
最終競技の全員リレーと、その後の団長・副団長の仮装行列で決着がつくことになった。