◇ ◇
それから数日後。今日から、綾瀬を描くという日。美術室に綾瀬がやってきた。
「お邪魔しまーす」
綾瀬が言うと、部員たちが笑顔で迎え入れる。綾瀬のファンの女子もいるから、なんだか部室内が一気に華やいだ雰囲気でざわめく。この存在感は、ほんとにすごいなと思う。どれだけ見慣れてもキラキラ目立って見える。
「……どうしたらいいの? モデルって」
「そこ座ってもらって……本とか、読んでていいよ」
「あ、ほんと?」
「顔上げてほしい時は言うから」
「うん、分かった」
楽しそうな綾瀬を描く、この上なく幸せな時間が、そうして、始まった。
何度目かのモデルに来てくれた時。
その日は綾瀬と二人きり。キャンパスの上で少しずつ形になっていく綾瀬を見ながら、オレは言った。
「描きあがるまで、絵は見ないでくれる?」
「ん、了解」
素直に頷いてくれる。いつも、素直。……可愛い。と、思ってしまう。
絵に、綾瀬を描けば描くほど。描くために、見つめれば、見つめるほど。可愛く思えて、しょうがない。
「……」
モデルを頼んで了解を貰えて、一緒に過ごすことが増えて嬉しいけど。
想いが、際限なく、深まっていく気が、する。
初対面の時から、大好きだった。
笑顔も、声も、話す言葉も。考え方も。まっすぐで、はっきりしてて、でも、優しい。
皆が褒める容姿よりも……どちらかというと、その中身の方が、いつも、愛しい。
むしろ、こんなにカッコよくなければ、今みたいにモテまくることもなかったかもしれないし、その方が、良かったかも。
……でも、やっぱり、中身で、モテちゃうかな……。
綾瀬を好きな子は、ただカッコいいからと騒いでる子をのぞけば。本気で綾瀬を思ってる子が多い気がする。優しくしてもらった。励ましてもらった。さりげなく助けてもらった。軽い気持ちで言ってない、本気の子たちが、多い。もちろん、綾瀬の容姿でそれをやるから、余計モテるってのはあると思うけど。
ひっくるめて全部好き、なんて、オレたちは言い合ったけど。オレの方は、綾瀬が可愛いなんて思ってる時点で、もう、大分そういう意味で好きなのは自覚してきている。
キャンパスの中の綾瀬。
まだ途中だし、自分で描いたものではあるけれど、とてもよく描けている。思い入れが半端ないからだと……自分でおかしくなる。
まっすぐな瞳。すごく、キレイで。そっと、キャンパスの中の綾瀬の頬に触れる。
「……九条?」
不意の呼びかけに驚いて、びくっと体が揺れた。すると、綾瀬の方が驚いた顔をして、それからおかしそうにクスクス笑った。
「ぼーっとしすぎ。固まってたし。大丈夫?」
「大丈夫。綾瀬、飲み物買いにいこ? 奢る」
「わーい、ありがと。行く行く」
二人で歩き始めながら、「喉乾いてた?」と聞くと、「うん、ちょっとね」と笑った。購買部の自販機まで、五分くらい。二人で並んで歩く。
「なんか、九条、また背高くなった?」
「ん。そういえば、少し伸びたかも……美術室の高い棚が、届きやすくなったんだよね」
「なんで九条って、そんなすくすく伸びてくわけ?」
いいなあ、なんて口をとがらせる綾瀬。
「綾瀬、別に低いわけじゃないじゃん」
「でもさ。やっぱり高い方がカッコいいじゃん。いいなあ」
それを聞いて、若干首を傾げてしまう。
「その言い方だと、オレ、カッコイイの?」
そう聞くと、綾瀬は、じっと見つめてきた。
「……綾瀬?」
「オレ、もうずいぶん前から、九条カッコいいって言ってるじゃん。ほら、あの、もっさりしてた時から」
クスクス笑いながら返されて。
「もっさりは、やめて……」
言うと、ますます綾瀬はおかしそうに笑ってる。
綾瀬を描く日々は楽しくて、季節はあっという間に秋へと移っていった。