残暑はだんだんと落ち着いていって、朝晩は冷えるようになってきた。
部活はお互い忙しいけれど、二人で図書室通いは続いてるし、ジョギングも続いてる。
すごく仲良く過ごしてると思う。
お互い、何で夏休み、あんなにモヤモヤ過ごしちゃったんだろうねと、今となっては笑い話みたいになっているけど、あれはあれでいろいろ考えられて良かったのかもしれないとオレは思っている。
これから、綾瀬のサッカー部は大会が目白押しになっていくらしいし、オレはまず風景画のコンクールがある。
その後は、人物画のコンクール。またいろいろ忙しくなるなあ、なんて綾瀬と昨日も話していた。
今日は、綾瀬のサッカー部がないので、一緒に図書室に来て本を選んでから、席について一緒に読んでいた。すると。
「うわ、やば!」
今日の図書室当番の沢辺(さわべ)が叫んだ。
どしたの? と、綾瀬が沢辺に声をかけると、「今日歯医者なの忘れてた!」とのこと。
もともと今日は当番の相方に用事があって、沢辺が一人で当番をしていたのもさっき聞いていた。綾瀬はオレと顔を見合わせてから、時計を見た。
「あと三十分くらいだから……オレ、いようか? 鍵も閉めて返しとくよ」
「え、マジで? いいの?」
綾瀬がいいよ、と頷くと、「綾瀬サンキュー! じゃあな!」と言い置いて走り去っていく沢辺を、二人で見送った。
「九条は美術室行くんだろ? いいよ、オレ、一人で大丈夫だし。人もういないし」
「いいよ。オレの方は三十分くらいズレたって変わんないの知ってるだろ」
「……ん。じゃあ、あと三十分、いよっか。あ、そしたら、オレ、トイレ行ってくるー」
「了解」
答えると、綾瀬が図書室を出ていく。
もう新しく来る奴はいないだろうなと思いながら、今まで読んでいた机に戻ってすぐ、目の前に置いてあった綾瀬のスマホが鳴り出した。さっき、綾瀬が家族に連絡を入れてそのままだったのだが、硬い机で震動してると結構うるさい。手に取って、綾瀬が帰って来るのを待っていたが、切れてしまった。机にスマホを戻して、本を開いた時、また鳴り始めたので、再度手に取った。そこに綾瀬が、ただいまーと戻ってきた。
「綾瀬、電話だよ」
「ん、だれ?」
スマホを差し出すと、小走りしてくる綾瀬にそう聞かれる。
画面に目を落として「清田 孝紀だって」と伝えた。その瞬間。一瞬で、綾瀬の顔が強張った。
戸惑いなのか何なのか、とにかく笑顔が一瞬で消えてしまった。渡そうと、スマホを差し出しているのに、受け取らない綾瀬。
「綾瀬?」
「……あ……いいや、今は」
受け取られないまま、切れてしまった。
「後でかけ直すから、いいよ。置いといて」
「そっか」
その瞬間。もう一度、電話が鳴り始めた。
「これで三回目だから、出た方がいいかも」
渋々スマホを受け取った綾瀬が、眉を寄せたまま、電話に出た。
「……もしもし」
低い、戸惑ったような、声。いつもの綾瀬の声じゃないみたい。
「……うん、元気だよ。うん。……うん、そう。サッカーは続けてる。……うん」
昔のサッカー仲間かな? 否応なく聞こえてしまうけれど、内容的には大したことはない気がする。
「練習試合? え、孝紀の学校と? 来週? 決まったの? ……うん、分かった……」
時間にしたら、ほんの少し。とても短い電話を切った後。綾瀬は疲れ切ったように椅子に腰かけ、机に突っ伏してしまった。
「綾瀬? どーしたの」
「……うーん……」
「あんまり好きじゃなかった奴なの?」
「そんなことは、ない、かな……むしろ、仲良かった」
「そうなんだ」
「……孝紀の学校と、うちで、練習試合、するんだって……」
「うん」
「……少し事情があって……あんまり嬉しくないのは確かなんだけど……」
綾瀬はしばらく唸っていたけど、「まあ、仕方ないか……」と呟いた。