夏休み、九条には連絡をとれないまま、終わった。
 静かなうちにと早めに登校してきたら、九条の絵に目が留まった。
 いいなあ、白石。こんなに綺麗に描いてもらえて。そう思っていたら、最悪。九条が現れた。そしてさらに最悪。白石も現れた。
 少し話したけど、耐えられなくなって、そこを立ち去ってしまった。
 オレたち、このまま関わりのない生活を送って、疎遠になっていくのかな、と思うと、すごく切ない。 
 そんな日々を数日送ったある日。

「え、今日、部活休みなの?」

 その日は急遽、部活が休みになった。
 他の部との調整だったりで、グラウンドが使えなかったりすると、たまにそんなことがある。

「どっか遊びに行く?」

 理央の言葉に、オレは、んー、と考える。

「オレ、ちょっと疲れてるからさ、図書室に行って本借りたら、今日は帰る」
「ああ。まだ続いてたの、文学少年」
「夏休みも図書館で借りて読んでたんだ。また図書室で借りようかなと思って」
「んー、じゃあまたな? 疲れてんならちゃんと休めよ?」
「うん」

 理央たちと別れて、図書室に向かった。本を適当に選んでから、前によく九条と座ってたところに、腰かける。
 ……楽しかったな。九条と、いるの。
 本、選んでよ。そう言えばいいだけかも。
 そしたらきっと、九条は選んでくれる気がするのに。変に思いがあるから、声がかけられない。
 九条がいなくても、本は楽しい気がする。でも、……なんか、切ない。
 九月からの当番の図書委員が、二人で話しながら、カウンター周りで仕事をしている。
 オレたちも、あんな風にずっといたっけ……。
 そんな風に思って、切なくなったその時、だった。

「……綾瀬?」

 九条が、目の前に現れた。

「あ。……九条も、本、借りに来たの?」
「うん、そう」
「そっか。……もう選んだ?」
「ん」

 なら、もう行くのかな。美術部の日、だもんね。ていうかいつも美術室行くもんね。
 九条も何も言わない。ちょっと困ってる感じ、かな……。
 もう、図書委員っていう用事も無いし、話すこと無いか。
 そう思ったけど……でも、このまま何もしないと、確実にお別れな気がしてきた。
 急に焦ったオレは、ダメ元で思い切って聞いてみることにした。

「……あの」
「……あのさ」

 頑張って出したオレの声と、九条の声が重なった。

「……九条、何?」
「綾瀬から言っていいよ」

 そう言われて、少し、頷いてから。 
「あの……できたらまた、本、選んでほしいんだけど……ダメ、かな?」
「何で? ダメなわけないだろ……もちろん、良いよ」

 九条の声に、俯きそうになってた顔を上げて、まっすぐ九条を見つめた。

「良いの?」

 そう聞くと、九条は、「何でそんなに聞くの?」と苦笑いを浮かべた。

「そんなの良いに決まってるし」
「そ、か……えっと……あ、九条は? 何だった?」
「あー……オレは……オレと話す時間取れない? て、聞こうと思ってた」
「話す時間?」
「……廊下ですれ違うとかじゃなくて。ちゃんと、ゆっくり、話す時間」
「九条、オレと、話したい?」
「うん」

 その言葉に一気に嬉しくなる。

「オレも、話したい。……オレさ、あの……当番が無くなって、寂しかった」

 思わず素直に本音が零れたら、九条が少し驚いた顔をして、それから静かに微笑んだ。

「……良かった」
「え?」
「……委員が終わった日さ、綾瀬、じゃあお疲れって、清々したっぽく帰っていっちゃっただろ? 実は、嫌だったのかと思ってて」
「……だって、あの日、白石といたし……邪魔かなって思って」
「何で? ……なんか勘違いしてそうだけど……オレ、白石とはなんでもないよ。邪魔するとか、無いし」
「そう、なの? ……あんなに、仲、良さそうだったのに?」
「絵を描かせてもらったし。思うイメージにぴったりで、賞もとれたし……仲は悪くないけど……ていうかさ。綾瀬こそ……もしかして、白石のこと、好きだったりした?」
「……ん? えっ? オレが?」

 驚いて九条を見ると、九条は苦笑いを浮かべた。

「その様子だと、オレの勘違いか……」
「……何で、そうなんの?」
「んー……オレん家で勉強した時も、白石が図書室に来た時も……綾瀬、変だったからさ。もしかして好きだけど、オレが仲良さそうに見えて、嫌なのかなって思ってた」

 オレは、ブンブンと首を振った
「全然違う。オレ、九条と白石、邪魔しちゃ悪いかなと思って……二人は、夏休みはデートとかしてるんだと思ってた」
「確かに、夏休みに入る前に白石に告白されたんだけど……断ったから」
「……そう、なんだ」
「オレ、夏休みはずっと美術部とか図書館にいたよ。美術部の皆と、ご飯食べに行ったりはしてたけど」
「……そう、だったんだ。……じゃあ、夏休み……結構暇だった?」
「暇っていうか、部活は出てたけど」

 九条が苦笑いで答える。

「まあ、充実しては無かったかなあ、高校二年の男子としては。ていうか、まあオレ、今までずっとそんな感じだけどね」

 九条が言う、諸々の情報に気が抜けすぎて、「そう、なんだ」と呟いた。

「……綾瀬こそ。どうしてたの、夏休み」
「プールは行ってたけど……部活三昧」
「なんだ。じゃあ……連絡すればよかった。ご飯とか行けた?」
「オレも今そう思った。うん。行けた。すごく行けた……」
「すごく行けたって何?」

 クスクス笑う九条に、オレも、やっと普通に笑えた。

「ていうかさ、綾瀬。……最後の日のことさ。綾瀬のこと邪魔とか、そんなのあるわけないだろ? 意味が分かんないよ」

 そのセリフに、なんだか泣きそうになる。勇気出して連絡すればよかった。
 そしたら夏休み、あんなに悶々と過ごさなくてもよかったのに。
 ……でもいろいろ考えたからこそ、九条とこんなにいたいんだって、分かった気もするけど……。

「えっと、じゃあさ、九条……」
「うん。じゃあ……また図書室で会おうか。本、選ぶから。また、ゆっくり話そ?」

 九条が少し照れたように微笑んで言ったセリフに、オレは、うん!と頷いた。
 すっかり嬉しくなって、一緒に机に座って話していたら、九条が、あ、とオレを見つめた。

「あのさ。オレも、綾瀬にお願いがあるんだ」

 急に言われたその言葉に、え、と嬉しくなる。

「オレにお願い? いいよ、いっつもオレばっかりお願いしてるから、なんでも聞く!」
「オレね……コンプレックスがあって」
「九条、あるの?」
「そりゃ、あるよ」
「何……?」
「……運動が苦手っていうコンプレックス。適当にしかしてこなかったからさ。走るのとか苦手だし」
「……んー、百メートル何秒くらい?」
「綾瀬は?」
「オレは十三秒くらいかな?」
「速すぎない?」
「九条は?」
「……十七秒くらいかな?」
「うーん……なかなか遅い、かな?」
「……知ってる」

 ぷ、と笑い合う。

「前に綾瀬と話してからさ、夏の間もずっと筋トレしてきたの。結構、筋肉ついてきたんだよ。手足とか、腹筋とか」
「そうなの?」

 どれどれ、と腕に触ると、確かに、結構いい感触。

「ただ、体力がない気がするし、走るのとか慣れてないし」
「うんうん。え、じゃあ、一緒に走る?」
「いい?」
「いいよ! んー……サッカーの無い日に帰ってから、っていうのはどう? あとは土日とかの夕方とか空いてる日」
「じゃあ、頼む」
「オッケー、いいよ。やった、初めて、オレが九条に何かしてあげられる感じ?」

 嬉しくなって笑うと、九条は「そんなことはないよ」と、苦笑い。

「じゃあ付き合うから、その代わり……」
「ん?」
「すっごい、面白い本選んで?」
「ン。任せて」

 久しぶりに、何のモヤモヤもなく、九条と話せた。
 それから、もう図書委員じゃなくても九条と一緒にいていいんだという約束。それが、なんだかとっても嬉しくてしょうがなかった。