午後の授業も終えて、掃除当番。教室の掃き掃除をしていたら。

「綾瀬くんが、春海くんのイメチェンしたの?」

 隣に来た白石に、ひそひそ声で言われた。

「……うん、まあ。眼鏡と髪だけね?」
「そっかー……」

 白石は、んーと唇を尖らせている。綺麗な子なんだけど、そうすると少し幼くなる。

「……何で?」

 言葉の意図を聞こうと思ってそう言ったら、白石は、じっとオレを見つめた。

「……春海くんがカッコいいって、皆が知っちゃうと困っちゃうなーと思って……まあ、もう遅いんだけど……」

 その言葉が示す意味はすぐ理解できた。

「あー……白石って、九条のこと……?」
「……うん。内緒、ね?」

 その言葉に、ん、と頷く。そうなんだ。九条のこと……。

「去年、絵を描いてもらううちにね。大人しい人かと思ってたら、普通に話してくれるし。大人しいっていうんじゃなくて、落ち着いた人なんだなーって、思って……。それに、すごく優しいなって、最初はそれだけだったんだけど……背も高いし、顔も近くで見るとカッコよくて」
「……」

 ……まあ、分かる。オレも同じこと思ったような気がするし。

「でも春海くんは、自分のことそうだと思ってなくて、穏やかで……なんか、すごく素敵だなーと思って」
「……なるほど」

 良い趣味してるな、白石。

「だから……春海くんが急にモテちゃいそうで、焦るなぁ……」

 んー、と考え込んでから、白石は、はっと気づいたようにオレを見た。

「あ、ごめんね、勝手に話しちゃって……」
「全然。良いよ。そうなんだね、て思った」
「うん。そうなの……綾瀬くんは、どう思う? 春海くんのこと」
「んー……良い奴だと思うよ。優しいし」

 そう言うと、白石は、パッと嬉しそうに笑って、「そうだよね」と言った。
 うん、と頷いたところで、他の奴に、ほうき終わった? と話しかけられて、その話は終わった。
 そっか。白石が綺麗になったっていうのは、もしかしたら、恋したから、とか? そんな感じなのかな。ふーん。そっか……。まあ、今の九条なら、二人、すごく似合うんじゃないかな。美男美女のカップル、って感じ。そんな風に思いながらも、なんだか引っかかる。
 九条がモテすぎちゃったら嫌だなあって……なんかオレも、思ったなぁ……。
 思うこと、白石と、一緒? ちょっと不思議で首をかしげていると。

「俊、部活行こうぜ」

 同じく掃除当番だった理央に呼ばれた。

「あ、ごめん、今日から図書室当番も再開」

 と答えると、「ああ、じゃあ先行ってる」と言って、ふとオレを振り返った。 

「なあ、俊」
「ん?」
「九条、すげー人気急上昇だな」

 理央がそう言って、ハハッと笑う。

「なんか髪型と眼鏡が変わっただけなのに、こんなに評価変わるンだなー?」
「そう、だね。まあでも、前髪と眼鏡で、一番大事な目がもっさり隠れてたからね。大分違うのかも」
「俊は、あいつのこと、カッコよくなると思ってあの髪型にしたわけ?」
「思ってたよ。オレが美容師さんに見せたの、超イケメンの写真だったし。これと同じにしてください、みたいに頼んだ」

 そう言うと、理央は笑いながら、そうなんだ、と頷く。

「じゃあ行くわ。俊、後でな」
「うん。後で」

 理央と別れて、オレが図書室に向かおうと鞄を持って歩き出した時、後ろから再び白石に話しかけられた。

「綾瀬くん、待って」
「ん?」
「私も図書室に行く。本、借りたくて」
「……本、なの?」

 九条、じゃなくて?
 思いながら言ったセリフの意味に当然気づいた白石は、ふふ、と笑った。

「今日は部活が休みだから、たまには、春海くんの当番の時に行こうかなって思って」
「そっか」

 頷いて、図書室までの道を一緒に歩く。

「綾瀬くんて、最近春海くんとすごく仲良しだよね」
「ん。そうかな」
「一年の時も仲良かった?」
「一年の時は全然。話したこと無かった」
「あ、やっぱり? 全然話してるとこ、見たこと無かったなーと思って」
「うん。話す機会、無かった」
「タイプ、違うもんね」

 ふふ、とまた笑う。……タイプ違う、か。うん。まあ。自分でもそう思ってるけど。
 ……何だか、白石に言われると、少し引っかかるのは何でだろう。なんだかまた、すごくモヤモヤする。
 タイプが違うのは、オレも分かってる。
 九条は落ち着いてて、頭良いし、美術部だし。オレは多分人からは、サッカー部で元気で賑やかな部類って思われているんだろうし。
 ちょうどそこで図書室に着いて、白石がドアを開けた。振り返った九条が、オレの前を歩く白石に視線を向けた。

「あれ? 白石?」
「イメチェンで有名になってるから会いに来ちゃった」
「何だよ、それ」

 九条が白石のセリフに苦笑いを浮かべてから、ふと、オレを見た。

「お疲れ、綾瀬」
「うん。ごめん、遅くなって」
「掃除ちゃんとしてきた?」
「したした」

 言いながら、鞄を窓際の棚の上に置いた。

「何からすればいい?」
「もう返却とかは終わったから、掃除しようかなって思ってたとこ」
「了解」

 掃除用具入れからほうきを出して、掃除を始める。九条と白石が話しているのが目に入ると……なんだかすごく良い感じに話してるように見える。なんとなく、視界に入れないようにして掃き掃除を終えてから、雑巾で机を拭いていると、九条が近づいてきた。

「ごめん、オレもやる」
「白石は?」
「本借りて帰ったよ?」
「そっか……仲いいね、白石」
「ん? まあ……そうかな」

 頷く九条に、すごくモヤモヤする。
 仲いいね。自分で言ったくせに。そんな風に、モヤモヤしていることにも、自己嫌悪。よく分からないけど。

「九条、今日何回カッコいいって言われた?」

 モヤモヤを吹き飛ばそうと、努めて明るくそう聞いてみると、九条は苦笑い。

「皆、面白がってるだけだよ」
「そんなことないよ。だからオレ、九条カッコいいって言ったでしょ」
「……見た目だけ変わってもね」

 九条がそんな風に呟いたのを聞いて、オレは少し考える。

「ん? ……どういうこと?」
「んー、なんていうか……見た目が多少マシになったとしてもね、オレ自身は変わんないし。……運動とか苦手なのも変わらないからなあ」

 うーん、と少し困ったように言う九条。

「運動、苦手?」
「……得意には見えないだろ? 全然ちゃんとやってきてないしね」
「うーん……今の九条は、運動も得意そうに見えるけど」
「そう? 綾瀬ってば、オレに対する評価が甘いよね?」

 クスクス笑われて、首をかしげる。

「そうかな? 背が高くて、手足長くて……運動できそうなんだけど」

 九条を見上げながらそう言って、あ、そうだ、とオレはあることを思いついた。

「運動が苦手って思うなら、筋トレとかしてみたら?」
「筋トレ?」
「家でさ、ストレッチとか筋トレとかから少しずつ始めてみるとか」

 オレが言うと、「うーん……」と眉が寄っていく九条。
 それを見ているうちに、オレは「ま、いっか」と笑った。

「無理することもないかな。手、怪我しても困るもんね」

 そう言うと、九条は少ししてから。

「ちょっと前向きに、考えてみる」

 そう言って笑うので、オレも九条を見つめながら、ふふ、と笑い返した。