◇ ◇ 

 翌日。周りの反応が思っていたよりも凄くて驚いた。
 誰? という顔で見られて、その後オレだと分かると、さらに驚かれた。
 優真ですらびっくりした顔をして「お前ってそんなイケメンだったのな?」と笑うし。
 今日はコンタクトをつけてはいない。
 綾瀬曰く「もっさりした髪」を切って、「顔が黒縁で埋まってる眼鏡」を変えた。
 あとボタンを一つ、外しただけ。
 それだけなのに、なんだか皆に見られすぎて、居心地が悪すぎる。二時間目が終わって休み時間になった時。

「あ。九条!」

 教室の出入り口に、綾瀬の姿。面白そうに笑いながらオレの所まで歩いてきて、オレを見て、ぷは、と笑った。

「九条がイケメンだったって噂がオレのクラスにも流れ着いたよ」
「……ちょっと変えただけなのに」
「だから、顔、見えてなかったんだってば。黒かったもん、全部」

 綾瀬のセリフを、横で聞いてた優真が、ぷっと笑い出した。

「綾瀬の仕業か。なるほどなぁ。春がこんな髪型指定するとか無いよなって思ってた」
「カッコいいでしょ?」

 綾瀬が優真に言って、ニコニコ笑う。

「似合ってるよ」
「うんうん」

 自分のことのように嬉しそうな綾瀬。
 オレは見られすぎてて居心地が悪いけど、まあ、綾瀬がそんなに喜ぶならと思ってると、優真が笑いながら言った。

「白石のイメチェンといい勝負だよな?」
「白石ほどじゃないよ」
「いやー、お前の方がいきなりだからインパクトは強いかも」
「どういうこと? 白石って?」

 綾瀬が不思議そうに、優真に聞いてる。

「白石の絵、春が描いたの知ってるだろ?」
「うん」
「あれ描く前って、白石って、地味で目立たない感じだったんだよね」
「そうなんだ? ……今はそんな感じじゃないよ? 明るいし綺麗な感じ」

 綾瀬が言うと、優真は、だろ? と笑った。

「春に描かれてから変わったんだよ」
「そうなの?」
「春が、描きたいイメージにあってるって、白石を口説いてさ」
「口説いたわけじゃないって」

 その言い方に引っかかって口を挟むけれど、優真は気にせずそのまま続ける。

「それであの絵で賞をとったじゃん? 絵を描いてる時から少しずつ、変わってたんだけど……白石、だんだん綺麗になってきてさ」
「まあ、それはそうかもだけど」
「そうだって。自信がつくって、すごいよなってオレ、白石を見てて思ったもん」
「へえ……そうなんだ」

 綾瀬は少し瞳を大きくして頷いている。

「白石は徐々に変わってって、なんか皆が、あれ、そういえば最近綺麗かな、みたいな感じのイメチェンだったけどさ。お前は一日でだから。まあ、皆、驚くよな」

 優真は楽しそうにそんなことを言う。

「全部、綾瀬セレクトだから」

 オレがそう言うと、綾瀬は、ふ、と笑って、「元が良いって、オレ言ったじゃん」と、なぜかとても嬉しそう。
 その時チャイムが鳴って「じゃあね、九条」と綾瀬は手を振って教室を出て行った。

「イケメンになったのお前だけど、なんか、綾瀬の方が、嬉しそうだな?」
「……そう見えるよね」
「面白いなぁ?」

 言って笑いながら優真が自分の席に戻っていった。オレも席について、息をつく。
 正直、外見が少し変わったからと言って、オレの中は変わらない。
 そんなに誰とでも気安く、綾瀬みたいに話せるわけではないし、中身は、陰陽どっちかって言ったら、陰だと思う。運動部とか入らず、キャンパスに向かって、絵をずっと描いてて、しかも趣味が読書なんていったら、間違いなく陰で見られるだろうし、そのイメージも合ってると思う。
 綾瀬は、間違いなく陽、というか……陽の中でもトップクラスだ。見た目も、言うことも、周りの対応も。
 ほんとなら、オレ、あんな感じの奴と、仲良くはしない。キャラが違いすぎて、疲れると思うから。綾瀬だけ、特別なのは、オレが昔の綾瀬を知ってて、その芯の部分を、好んでるから。
 ……というか。逆に、何で綾瀬があんなにオレに絡んでくれるのかは、謎。ただ、謎ではあるけれど、あの笑顔がそばにあるのは、嬉しい。
 先生が入ってきて授業が始まる。ノートをとりながら、ふと白石のことを思い出した。
 一年の時、人物画のコンクールがあることを知った。綾瀬を描きたいと一瞬思ったけれど、一言も話していない綾瀬に頼めるはずもないし、却下。
 誰かいないだろうか。描きたいのは、凛としたまっすぐな瞳。……って、そんな曖昧なの、いないか、と、登校してくる生徒を上からぼんやり眺めていた時に、目に入ったのが白石だった。立ち姿がすごく綺麗に見えた。すぐに下に降りて、話しかけた。……あれは、必死だったから、出来た。
 聞いたら、小さい頃から剣道をやってると。姿勢が綺麗なのも納得。近づいて話しているうちに、地味だけど、顔のパーツもすごく綺麗だなと思った。最初は怪しまれて断られたけれど、ラフな似顔絵を一度試しで描かせてもらったら、こんなに綺麗に描いてくれるなら、と、了解をもらった。
 それまで描いてた人物画は「しゅん」と絵画教室の先生が連れてきてくれるモデルだけ。初めて、自分からモデルを依頼して描かせてもらった白石は、描いていくうちに、少しずつ変わっていった。もともと、顔立ち、スタイル、色んなパーツが綺麗な子だったんだけど。髪を整えて、眼鏡をコンタクトにしたら、それだけで人目を引いて、それから、見違えるように綺麗になっていった。
 その絵は入賞して、学校の廊下に掲示された。オレが描くと綺麗になる、なんて女子の間で噂が流れたらしく、何人かに描いてと頼まれているけれど……保留にさせてもらっている。
 今年のコンクールは来年早々。続けての受賞は難しいだろうけど、出してみたいなと思ってはいる。綾瀬と話すようになってから、描かせてもらえないだろうかと、図々しい願いがよぎって、困る。
 委員会を忘れていたオレを綾瀬が迎えに来なかったら、あの時、隣に座っていない。隣同士で図書室の当番ということにもなってない。そしたらきっと今も一言も話さず、日々を過ごしていたはず。
 あんまり調子に乗らない方がいいよなと思いつつも、描きたいなと思ってしまう。