「変なこと言ってないで、眼鏡屋行こ?」
「うん。何階?」
「あ、五階だって。行こ」
「うん」
エレベーターを待つ所は混んでいたので、二人でエスカレーターに向かって歩き出した。五階について、一緒に眼鏡屋に入ると、店員が声をかけてきたので、近所の眼科の処方箋を渡して、楽しそうに眼鏡を見てる綾瀬の所に戻る。
「眼鏡、選んでだって」
「うん。ここらへんかな、隣は女物とか、あっちは子供っぽかった」
「うん。そうだね。ここらへんから……」
うーん。正直、どれでもいいな。形と色が少しずつ違う感じに見える。
「九条、体育の時、眼鏡はどうしてんの?」
「走るだけとかなら外してる」
「あ、少しは見えるんだね」
「ん。手の届く範囲なら見える。あとは少し離れても、物があるかどうかは分かるよ」
「あぁ、じゃあ、外してもオレの顔は見えてんの?」
そんなことを言いながら、すぐ近くからオレを見上げてくる。
……でっかい、瞳。ため息をついてしまいそうになる。
「見えてるから、そんな近くから覗かないで」
「え、何で?」
無邪気にクスクス笑う綾瀬に、だから顔の威力が半端ないから、と思いながら。
「なんでもないよ。どれが良いと思う?」
「んー。ていうか、どれでもいいような」
「え? そうなの?」
「今のじゃなくて、ここのになるなら」
クスクス笑いながら、綾瀬が言う。
「だからどんだけ今の、嫌なの」
「だから、嫌なんじゃないってば。ただ、九条の顔が黒眼鏡の印象しかなくなるって話だってば」
あはは、と笑う綾瀬。苦笑いしてるオレにさらに微笑んで。
「じゃあここらへんから、掛けてみて?」
なんて言いながら、綾瀬が目についた眼鏡を差し出してくる。
枠の下半分が無いタイプ。かけた状態で、綾瀬を見ると、じっと見つめてから。
「うん。いいね。じゃあこっちは? なぁ、いっぱいかけてみて?」
「ん」
綾瀬が次から次に差し出してくるのを掛けていく。丸いのや四角いのや、妙な眼鏡まで差し出して来て、掛けさせて楽しそう。
苦笑いしつつ、言われるままに掛けていくうちに、だんだん選択肢が絞られていく。
「んー……これは?」
綾瀬が差し出してきたのは、黒縁の四角い眼鏡。
「黒縁、嫌なんじゃないの?」
「嫌なわけじゃないってば。これはさ、ほら、細い黒縁じゃん? なんかいっぱい掛けたけど、これっていうのが」
うーんと言ってる綾瀬からそれを受け取って、掛けてみる。
「ん」
「あ」
オレが、なんかしっくり来たので、ん、と言った瞬間。
横で綾瀬が、あ、と言った。
「……これが、いい?」
顔を見合わせて、オレをじっと見てる綾瀬にそう聞くと。
「うん、それが良い」
笑顔の綾瀬に、ふ、と笑ってしまう。ほんと、嬉しそうに笑うな。
「黒だけど、細いし形もカッコいいし、全然違う。似合う、九条」
「なら良かった」
クスクス笑いながら言って、出していた他の眼鏡をもとの所にしまった。
「待ってて」
「うん」
店内のソファに綾瀬は座って待ってることにしたみたい。店員に決まった眼鏡を渡すと、耳の位置などを合わせてもらった。レンズも店内にあるし、今空いてるから出来上がりに一時間かからないと言われたので、使い捨てコンタクトの話をすると、それも一緒に買うことになった。もしかしたらと、眼科でコンタクトの方も診てもらっといて、良かった。
眼鏡が出来るのを待つ間に、使い捨てのコンタクトの装着練習などもして、一時間程で眼鏡とコンタクトを購入して店を出た。
その間、綾瀬は近くにいる時は話してたり、離れてる時はスマホに触ってたりと、終始楽しそうに待っていてくれた。
店を出る時に既に新しい眼鏡を掛けて出てきたから、綾瀬がものすごく見つめてくる。
「いいね、カッコいい、九条。すごく頭良さそうだし。すごくいい!」
めちゃくちゃ笑顔で、べた褒めしてくれるので、かなり照れる。
「じゃあ次は髪切りに行こ。もうこれでもっさりとか絶対言われなくなるね」
なんか、オレ本人よりもよっぽど楽しそうで、綾瀬を見ていると、自然と笑ってしまう。
三階にある美容室は空いてて、入ってすぐに席に案内された。
「どんな髪型にしたいです?」
「適当に短く……」
言いかけたところで、少し待ってと綾瀬が隣にやってきた。
「綾瀬?」
「こういう髪型、似合うと思うんですけど」
綾瀬が美容師さんと雑誌を見ながら話し出す。
「ああ、良いね……本人はいいのかな?」
「九条、これこれ」
雑誌の一ページに、かなりのイケメンが写っている。
「オレが切っても、これにはならないと思うんですけど」
と言うと、美容師さんが「そんなことないよ」と、社交辞令。その横で、綾瀬は「そんなことないって」とウキウキしている。
「……じゃあこれでいいです」
別にこだわりも無いから、こんなに楽しそうにしてくれてるなら、それでいいやと思った。美容師さんも、その空気をなんとなく悟っているのか、クスクス笑って、綾瀬に「お友達、カッコよくするから、待ってて下さいね」と促している。髪に触れて切り進めながら、美容師さんは、オレを鏡越しに見て笑った。
「学校のお友達?」
「あー。はい」
「なんか……すっごいイケメンだけど。面白い子だね」
クスクス笑ってる。なんとなく言いたいことは分かって、オレも頷きながら、切られて落ちていく髪の毛を眺める。
今迄、外見を気にかけたことが無くて。正直今も、そんなに気にならないのは、変わらない。
でも、オレといるのを、綾瀬が不思議がられたりするのはやっぱり少し嫌な気もした。少しでもましになればとは思ったけど。まさかあんなイケメンの写真の髪型にしてくださいと、美容師さんに頼まれるとは思わなかった。
これで切り終えて、全然違ったら、綾瀬って、何て言うんだか。苦笑いが零れそうになるのを抑えながら。鏡の端で、こっちを楽しそうに見てる綾瀬と目が合った。なんか嬉しそうに笑うし。……しっぽをめっちゃ振ってる、可愛すぎる子犬みたいに見える時がある。ほんと、何なんだろう、あのルックスで、あの態度って。
素直にまっすぐ育ってて、感心するのは何度目だろう。
……ああでも。別に辛いこと一切なく楽しく生きてきて、ああなったわけではないよな。
また頭に浮かぶのは、夕陽の中の、泣いてた綾瀬。ああいうことも経験して、そういうのも乗り越えて来た上で、あんなにまっすぐなんだから、やっぱりすごいんだろうな、と思ってしまう。
そんな風に綾瀬のことを考えていたら、不意に首の所で結ばれていた布が外された。
「気になる所はありますか?」
鏡で後ろも見せてもらいながら綾瀬を振り返ると。めちゃくちゃ頷いてるので笑ってしまうと。同時に、美容師さんまでがクスクス笑った。
「あ、すみません」
笑ってしまったのをオレに謝ってるけど、笑ってしまう気持ちはよく分かる。
眼鏡をかけて立ち上がり、会計を済ませて店の外に出た瞬間。
「絶対明日、誰? って言われるから」
めちゃくちゃ笑顔で言われて、「そうかなあ?」と返すと、笑顔で頷く。
「もう絶対、九条どーした? って、言われると思う。カッコいいって、人生で一番言われる日になると思うよ。ていうか、これからずっと言われちゃうかもね」
クスクス笑ってそう言う綾瀬に、苦笑い。
「なんか、楽しみだなあ」
「……綾瀬は、気に入った?」
「うん! カッコいいと思うよ?」
「……そっか」
なんか、綾瀬がそう言うなら、もうそれで良いけど……。
他の奴にどう思われても関係ないけど。綾瀬がそう言ってくれるのは嬉しい。
なんて思ってしまった。