「綾瀬は、ずっとカッコいいまま、きた?」

 少し綾瀬のことに話を向けてみた。
 まあ。……小学生で会った時はすでにカッコよかったけど。

「え、オレ、カッコいい?」

 オレを見上げて、ぱっと嬉しそうに笑う。

「……誰に聞いたって、そう言うでしょ。目立つし」
「マジでー?」

 わーい、とばかりに笑って、嬉しそう。カッコいい、と、誰もが言うだろうな。
 ……なんでだか、オレには、可愛く見えてしまう時があるんだけど。

「九条はさ、背が高いってそれだけでもカッコいいし。このめちゃくちゃきっちり着てる制服、少し開けよう?――首貸して?」
「ん?」
「少しボタン、外してみてもいい?」
「……うん、いい、けど……」

 綾瀬の手がひょい、と伸びてきて、一番上のボタンにかかる。

「けど? ……やっぱ嫌?」
「いや……大丈夫」

 ……っていうか、顔、近いんだよな……。すぐ真下に、整った顔。
 何の意識も、してないからこそ、こんなに近いんだろうけど……。なんか、度々意識してるこっちは、かなり……動揺させられる、というか。……ていうか、綾瀬って、誰にでもこんなに近いのかな。自分の顔の威力を、ちゃんと知っといて欲しい。
 下を向いて、伏せられてる睫毛が、長い。じ、と見つめていると、その睫毛の下の、大きな瞳が、不意に上を向いた。
 どきん、と心臓が、弾む。
 そんなこととは知らない綾瀬は、少しだけ離れながら首元を見て、それからオレを見つめてきた。

「ほら、いっこ外すだけでも、だいぶ違うよ。そんなきっちり着てる奴いないし、嫌じゃないなら外したら?」
「ん……」
「肌見せたくない、とかあんなら、しょうがないけど」
「そんな女の子みたいなこと言わないけど」
「じゃあ、それだけでもカッコいい」

 にっこり笑われて、見上げられる。綾瀬はいっこどころか、二つ目のボタンも外してる。綺麗な首筋と、鎖骨が見える。目に入って、なんとなくすぐ視線をそらしたけれど。

「あ、オレは開けすぎって、たまに先生に言われるけど」

 オレの視線に気づいて、けれどその思うところは知らず。
 窮屈なの嫌いだからさ、なんてことを言って、あははー、と笑っている。
 なんか、ほんとに無意識って最強だな……。そんな風に思った。

 食事の後、自転車で一旦家に帰り、私服に着替えて駅前で待ち合わせた。

「九条!」
 駅ビルの入り口。キラキラの笑顔をめいっぱい振りまきながら綾瀬が走ってくる。
 ……どーして、あのルックスで、あんな感じなんだろ。
 もっとこう、何と言うか。格好つけて立ってるような奴になっても、全然おかしくないと思うのに。

「ごめん、遅かった?」
「全然」

 ラフなシャツとジーンズ。ほんと普通のカッコなのに。中身がいいとこんなに目立つものか、と不思議なくらい。制服は見慣れているからそうでもないけど、私服はやたら目立って見える。

「あ、綾瀬。母さんに電話したんだけどさ。眼鏡買って足りるんだったら、使い捨てコンタクトも買ってみて良いって」
「あ、ほんと?」
「だから、眼鏡は、安いとこで買おうかなって思って」
「あるよね、五千円からとか書いてある眼鏡屋さん」
「うん。このビルに入ってたと思う。種類は無いかもって、母さんは言ってたけど」

 そう言うと、綾瀬は、ぷぷ、と笑った。

「大丈夫、その黒縁よりは種類あると思う」
「綾瀬って、この黒縁、嫌い? さっきから、やけに黒縁気にしてるけど」

 苦笑いしながら聞くと。

「ううん、嫌いじゃないよ。でも、それのせいで、九条の顔の印象がほとんど眼鏡になってるんだよね」
「……なに、それ」

 もう、笑うしかない。

「眼鏡変えたら、皆、超びっくりすると思う。あ。髪切って良いって?」
「それは聞かなくても良いと思うから、聞いてない」
「そっか。じゃあ今日で、九条、めちゃくちゃ変わるなー?」

 なんだか、オレよりも綾瀬の方が、ものすごくウキウキしている。

「……そんな、変わってほしい?」
「ん?」
「すっごい楽しそうに見えるから」
「オレは今のままでもいいけど。でも、見た目を整えると、良いことあると思うし」

 ……綾瀬が言うと、説得力あるなあ、と思いながら、頷く。
 そう言えば、今まで、あんまり見た目に気を使わずにきたなあ。服とかも正直なんでも良かったし。

「でも、あんまりカッコよくなってもなぁ」
「……ん?」
「あんまり九条が目立つのもなあ……」
「何? どーいうこと?」
「……モテそうで」
「……? まあ、どう変わっても、そんなにモテないと思うけど」

 やっぱスポーツ系の明るい……まさに、綾瀬みたいな奴が、絶対的にモテるし。

「そうかなあ?」
「そうだよ」

 変な心配。……ん? 心配なのか?
「オレが万一モテたとして、何か、嫌?」
「え。あー……」
「ん?」

 なんかちょっと困った顔してる。なんだろう? と見つめていると。

「……あんまりモテちゃったら、なんか嫌かなーと……」
「ていうか、綾瀬みたいにモテたりしないから、絶対大丈夫」
「……」
「大丈夫って言うのもなんか変だけど……」

 オレが笑うと、綾瀬も、ふ、と苦笑い。