「委員会始めるぞー。全員揃ってるか、学年ごとに確認して」
今日は図書委員の発足会。掃除当番でごみ捨てに行っていたら、開始時間ギリギリになってしまった。先生の声を聞きながら教室に滑り込んだオレ、綾瀬 俊は廊下側の席に座った。すぐ近くに同じ二年の、違うクラスの友達を見つけて、小さく手で合図をした時、先生が続けて言った。
「いないクラスはあるか?」
周りを確認してから、オレは声をあげた。
「二年三組がいません」
先生は「二年三組?」と言いながらプリントを見て「ああ、九条か。忘れてるのかな」と呟いた。先生が一年と三年にも確認しているのを見ながら、「九条って、図書委員なのか」と、ぼんやりと思った。
九条 春海。
ついこの間、高一が終わった春休み、サッカー部の休憩中に、その名前を話題にしたばかりだった。水分補給をしていたら何気なく目に入ってきた、ある教室の人影。そういえば、あいつ、いつもあそこにいる気がする。春休みもいるのかと思ったら、改めて気になって、皆に聞いてみることにした。
「なあ、あいつって、何でいつもあそこにいるのか知ってる?」
「あいつって?」
周りの皆が、オレの視線の先を追う。
「ああ、九条のことか」
「知らねえの、俊。賞取って有名じゃん」
皆のその反応を見ると、オレ以外の皆は、九条がいつもあそこにいる理由を知っているみたいだった。
「賞って、なんの賞?」
「絵だよ。全国のコンクールで入賞したって。つか、今までもいろいろ受賞してるらしいよ。あそこ美術室じゃん」
「じゃあ、あそこでいつも絵を描いてるんだ。……あれ、下の名前なんだっけ?」
そう聞くと、小泉 理央が呆れたように笑った。
「同じクラスだったじゃん、俊、名前覚えてないの?」
うーんと考えていると、理央がクスクス笑う。
「俊って誰とでも話してた気がするのにな?」
「ん……なんか九条と話した記憶ないなぁ……下の名前、思い出せない。なんだっけ?」
「春海だよ」
「九条 春海かぁ……」
言われてやっと、ああそんなだったな、と思った。
「絵描きって聞くと、それっぽい名前だなって思わねえ?」
「うーん。どうだろ。オレ、絵とかよく分かんないしなぁ」
「確かにそんな感じー」
あははと笑う皆に、そこは否定してよ、と言いながらも、オレも笑ってしまった。
九条を話題にはしたのだけれど、いつも同じところにいる理由が気になって聞いただけで、聞いたらすぐに納得して話は終わった。
同じクラスの時ですら話したことがなかったくらいだから、二年になって別のクラスになった九条と話す機会なんて当然無かった。
――どんな顔してたっけ? 思い出せるのは、背が高いってこと、黒髪がもさっとしてて前髪も長めだってこと、他に覚えてるのは目立つ黒縁眼鏡。それだけかな。
顔もちゃんと分からない。名前を聞いたのも春休み以来。まあ早い話、接点がまるで無いんだよね。そんな風にぼんやりと考えていたら、先生に「綾瀬、悪い」と呼びかけられた。
「はい?」
「多分一階の美術室にいるから、九条を呼んできてくれるか? 今日は委員長とかも決めたいし」
「あ、はーい」
一番廊下側に座っていたからか、頼まれてしまった。ガタンと立ち上がって、廊下に出る。美術室は階段を下りてすぐのところだ。
足早に階段を駆け下りながら、ふと思う。あいつってオレのこと、分かるのかな。一年間、同じクラスにいたのに、話したことも無いって、なんか不思議。何でだろ。
たどりついた美術室のドアをノックしてそっと開き、中を覗いた。美術部員が数人いて、気付いた何人かがこちらを見た。
「九条、いる?」
オレの言葉に反応して、皆が同じ方向を見た。その視線を追うと、窓際に背の高い奴。いつも外から見えるとこが、あそこなのかな。そんなことを思いながら。
「九条。ちょっと、いい?」
そう言うと、九条は「綾瀬?」と返してきた。
「あ。うん」
九条に名を呼ばれたのが初めてな気がして、違和感。オレの名前、ちゃんと知ってるんだ、なんて思っていると、意外そうな顔をしながら九条が近づいてきた。
「綾瀬、どうしたの?」
声をこんなに近くで聞くことも、なかった気がする。
やっぱり、オレ、こいつと話した記憶ないや。そう思うと同時に、落ち着いたトーンの優しい声だな、とも思った。