突然、顔は悪くない、背が高くて脚が長い、とか。何を褒め始めたかと思ったら。
今度は急に、もっさりとか、言い出した。しかも言いながら、何故か綾瀬の方がムッとしてる。
「ていうか、何で綾瀬はそんな失礼なこと言って、そんでもって、何で綾瀬がムッとしてるんだよ?」
オレの疑問は当然の疑問だと思うんだけど、綾瀬は、プルプル首を振った。
「違う。オレが失礼なんじゃなくて……」
「……?」
結構失礼だけど……。とおかしくてしょうがない。
何が言いたいんだろう、綾瀬。ほんと、面白いな。
「九条が、外見、気にしなさすぎだから、こっちが気になってきたんだよ」
「……はあ……」
……なんか変なことを、言い出した。しかも、ものすごく真剣な顔で。また、ぷ、と笑ってしまうと。
「笑い事じゃないから、笑わないで」
と、すかさず突っ込まれる。……笑い事じゃないのか……。どういうこと?
「九条、髪切りに行こう?」
「……まあいいんだけど。何、どうしたの? 何があった?」
そう聞いたら、綾瀬がむくれている。
「オレ、こないださ。どうしてあんなもっさりした奴と最近いるのって言われたんだよ」
「……あ、オレのこと?」
もっさりした奴ってそこから来てるのか。
納得してると、綾瀬が、む、と膨らみながら。
「なんか、すごい悔しくて。もっさりなんかしてないしって言い返しといたんだけど」
「……別にオレ、気にしないんだけど」
と言ったら、綾瀬は余計ムッとした。
「分かってるし!」
「……え?」
分かってる?
「絶対、九条はさ、オレは気にならないとか言っちゃうんだろうなって思ったんだよ、オレだって」
「うん。そうだね、あんま気にならない」
苦笑いしながらそう言うと。
「……分かってはいたんだよ、九条はきっとそんなの気にしないって」
「うん……?」
「本人が気にしないんだから、オレが怒る必要はないって、オレも思ってはいたんだけど……」
「……うん??」
何が言いたいんだろう、ほんとに。そう思っていると、困ったように眉を寄せて、綾瀬が言ったのは。
「でも、なんか、九条が悪く言われるのとか……オレが、嫌で」
「……」
「九条が気にしないの分かってるのに、悔しくて言い返してるオレの気持ちになってよ」
「……えーと……」
なんとなく分かるような……。うーん。いや。やっぱり……。
「ごめん、ちょっと分かんないな」
言いながらも、なんだかおかしくて、どう我慢しても、笑ってしまう。すると、綾瀬は、まだ眉を顰めていて、短く息を吐く。
「オレだって、何言ってんのかよく分かんないけど」
「けど?」
「とにかく、九条が悪く言われんの、嫌なわけ。……でもさ……」
「……でも?」
ふー、と息を付いて、綾瀬がまたオレをじっと見つめてくる。
「今じっと見てたら、やっぱりぱっと見、もっさりとしてるなーと思っちゃって……」
あはっと笑う綾瀬の姿に、今度は苦笑いを浮かべてしまう。
そりゃ綾瀬みたいなキラキラした外見の奴から見たらそうだろうけど。
「だからさ、眼鏡と一緒に、髪形も少し変えようよ?」
綾瀬の提案に、んー、と考えていると、ラーメンが運ばれてきた。
綾瀬の面白話を聞いてたら、もう、あっという間だったな。
「わー、うまそう。いただきまーす」
「いただきます」
ラーメンを食べ始めて、少し無言。
「……スープ美味しー」
「うん、美味しいね」
綾瀬に答えながら、ラーメンを食べる。
「んー、あのさ綾瀬?」
「うん?」
「……髪切ってもさ、眼鏡かえてコンタクトにしても、そんなに変わらなかったら、どうするの?」
かなりそれが心配だけど。聞いたら、綾瀬は、いやそれは無い、と即答してきた。
「だってさ、その変な黒縁眼鏡と、髪形に隠れてるけど……九条、絶対、顔良いもん」
顔良いもん、という誉め言葉よりも。
変な黒縁眼鏡って……完全に変なって言っちゃってるじゃん。失礼だな、と思うのだけど。……真剣なのが、面白すぎて笑えてくる。
しばらく無言でまたラーメンを食べてから、綾瀬がまたふっと顔を上げて見つめてくる。次はなんて言うのかなと待っていると。
「前髪、もう少し短くするのは?」
じーっと、見つめられる。
「……別にこだわり無いからいいけど……」
「九条の髪、前髪がもさってしてるからいけないんだよ。ザ・美術部、みたいな?」
「どんな偏見? 美術部ぽい髪形ってないと思うんだけど」
ほんと、笑ってしまう。
「それは冗談だけど……あ、今日眼鏡変えるって、コンタクトにはしないの?」
「んー……うちの母さんは、コンタクトにしたらって言ってるけどね」
「じゃどうしてコンタクトにしないの?」
「……眼鏡で困らないから、かなあ? でもそんな深い意味も、ないかも」
そう言うと、綾瀬が乗り出し気味に。
「なんでだよ? コンタクト作ろう、最初は使い捨てでいいじゃん、たまにイメチェンでコンタクトすんの、どう?」
「……コンタクト、目に入れんの抵抗あるし」
「うち、兄貴がコンタクトしてるけど、ソフトならそんな痛くないって言ってたよ。一日使い捨てはソフトだからちょうどいいし」
「うーん……」
どうだろうなあ、と考えていると。
「じゃあ、試してみて無理なら、せめてその変な眼鏡と前髪、やめよ?」
「……変なって……」
ふ、と笑ってしまう。なんでそんな一生懸命なんだろう。面白いな……。
「オレ、九条はカッコいいと思うんだよ、ちゃんとしたら。九条の改造計画、たててんだから、乗ってよ?」
「オレ、別に今のままでいいけどな?」
ぽそ、と言ったら、むむ、と綾瀬がオレと視線を合わせる。
「なんで? カッコいい方がいいじゃん。せっかく、元がいいのに、もっさりしてるとか言われてんのもったいない」
「うーん……」
「なっ?」
綾瀬の勢いがすごすぎて、少し後、頷いてしまった。
「ん、分かったよ。できるだけ、な?」
「うんうん!」
そんな会話をしながらラーメン屋を出て、支払ってくれた綾瀬にお礼を言う。
「お母さんにもごちそうさまって言っといて?」
「うちの母さんは、オレがちゃんと勉強してて九条にめちゃくちゃ感謝してるから、礼なんか要らないんだけど」
「でも、ちゃんと言っといてね」
「うん、分かった」
明るく笑う綾瀬に、ふ、と笑む。