えー……と。
 ……なんか、ものすごい綾瀬の機嫌が悪い気がする。しかも、オレだけに対して。
 綾瀬と小泉と、白石と金井。四人と一緒にオレんちに帰って来た。
 結局オレの部屋は狭いからってリビングのテーブルで勉強することにした。
 綾瀬と小泉が並んで、こちら側に、金井と白石と、オレ。立ち上がって、反対側の綾瀬の隣に立ってみる。

「綾瀬、分からないところあったら言ってね」
「……」

 声を出さず小さく頷くだけ。さっき百点のことを、オレに言ってた時のキラキラ笑顔が嘘みたいな感じになってる……。

「なー、九条、これ分かんねえ」

 小泉が言うので、隣で説明して、解いてみてと伝えた。小泉に解かせながら綾瀬を見ると、こっちを見ていた綾瀬と視線が合った。あ、やっと目があった、と思った瞬間、また下を向いてしまった。
 綾瀬、もしかして二人が良かったのかな……。思い当たるのはそれくらいで、ぽりぽり、と頭を掻いてしまう。
 正直なところ、綾瀬と二人きりの勉強は、楽しいんだけど。やっぱり少し緊張する。
 何も意図のない綾瀬のちょっとした行動に、突然ドキドキしたりする。
 二日間過ごして、そろそろ慣れないと、とは思っていたんだけど、そんな時にちょうど皆が来たいと言い出した。少し、ラッキーだと思ってしまった。何人かいれば、変に意識することもないだろうと。
 だがしかし。こんなに機嫌が悪くなってしまうとは、想定外。
 しかもオレに対してだけ。……三人とはちゃんと話してるけど、オレとは目も合わせてくれない。
 小泉が頑張って解いてる間に、もう一度、綾瀬の横に立った。

「……平気?」

 綾瀬のテーブルに手をついて、綾瀬に呼びかけるけれど。
 うん、と頷くだけで、こっちは見ない。

「春海くん、助けてー」

 何やら二人で相談してた白石と金井が、問題にお手上げらしくオレを呼んでくる。心の中では、大きくため息をつきながら、仕方なく、女子二人の隣に座り直した。
 その後も、なんとなく必要なことは話してくれるんだけど、全然目を合わせてくれない綾瀬。皆とはちゃんと話してるから、誰も気づいてないと思うけど。オレとはまったく目が合わないまま時を過ごした。
 もうすぐ十八時と言う時に、白石と金井がそろそろ帰ると言い出した。すると小泉も、オレも帰る、と片付け始める。

「俊も帰る?」

 小泉が、綾瀬にそう聞いてる。綾瀬が「そぅ、だね……」と言った瞬間。耐えきれなくなって口を挟んだ。

「綾瀬にはまだ教えときたいことあるから……いつも通り、十九時までいたら?」

 ふっと顔を上げた綾瀬は、一瞬黙った。

「どーすんの? 残んの?」

 小泉が笑って、綾瀬に聞いてる。

「……ん、残る」

 その言葉に、ほっとする。良かった、ここで帰るとか言われなくて。ほっとしながら、帰る準備のできた三人を、玄関まで送った。

「じゃあな、九条ありがと。俊また明日」

 小泉がそう言うと、女子二人も同じように言って手を振りながら、ドアの向こうに消えていった。
 鍵をかけて、それから、ふ、と綾瀬を振り返った。やっとまっすぐ目が合った。

「オレの部屋に行こうか?」
「……うん」

 中に入って、リビングのテーブルを片づけて、オレの部屋に綾瀬を連れて行く。ローテーブルに勉強道具を置いてから、綾瀬をまっすぐに見つめた。

「はっきり言ってくれた方がいいんだけど……今日、皆と勉強したの、嫌だった?」
「……」
「オレが勝手に決めたから?」
「……」
「綾瀬?」

 名を呼んだら、綾瀬は、息をついた。

「よく分かんない……ごめん」
「……?」
「ほんとなら皆で勉強会しようとか楽しいはずだし。いつもなら絶対オレ、そういう風に集まったりするの、すごく好きだし」
「……」
「だけど今日は……なんか、嫌だったんだ」
「何が嫌だった?」
「……理由、ずっと考えてたんだけど……オレが、九条と二人で勉強すんのが楽しいからだと思う……」

 まっすぐに見つめられてそんな風に素直に言われてしまうと、そのまっすぐさがおかしくなってしまって、ふっと笑いが零れる。

「……何で笑うンだよ」

 む、とする綾瀬にますます笑ってしまう。

「……オレも、綾瀬と二人の方がちゃんと教えられるし……それに、楽しいから。明日からはまた二人で頑張ろうね?」

 そう言ったら、じっとオレを見つめた後。ん、と頷いて、綾瀬は嬉しそうに笑った。