ベッドでゴロゴロしながら、九条に宿題として出された、歴史と古文の教科書を読んでいくという約束を実行中。
 音読をしてきてと言われてしまった。歴史の教科書、試験範囲の半分くらい読み終えて、休憩。

「んー……」

 九条のとこで十九時まで勉強してたけど……楽しかったな。勉強が楽しいとか、かなり謎だけど。
 九条が優しいからかな。とにかくずーっと優しい。話し方も穏やかで、教え方とかも、全部優しい。
 最初の図書委員会で話してから、図書室のパソコンとかの使い方も教えてもらったし、読書の先輩だし。今日は勉強を教えてもらった。なんか、オレ色んなこと、九条に習ってるな。
 その時、机の上に置いてたスマホがピコンと鳴った。九条だった。
『音読してる?』
 そう聞かれた。

「うん。してるよ」

 返したら。
『明日テストするからね』
 げげ。やだ。と、思わずそう入れたら。
『出来たら、母さんが買ってきてくれたケーキ、あげるよ』
 そう入って来たので、「やったー」というスタンプを送った。すると。
『出来たら、だからね? 頑張って?』
 仕方なく、はーい、と送った。
『あと明後日、数学小テストするって言ってたから、明日は数学メインにやるからね』
「はーい」

 よろしくお願いしますスタンプも送る。微笑んでしまいながらスマホを机に置いて、教科書の音読を再開した。

 ◇ ◇ 

 もしかしたら、結構出来たかも、オレ。
 数学の時間の最初にやった小テスト。先生が「これは来週のテストの基礎だから今出来ないとヤバいぞー」と言ってた。
 大体そういうのは出来ないことが多いんだけど。昨日、九条とやったところばかりだった。
 隣の席の女子と交換して、丸付けタイム。

「わあ、綾瀬くんすごい、百点だ」

 隣の女子が、丸付けが終わった途端、そんな声を上げた。
 おー、俊すげーじゃん! と、皆が口々に叫ぶ。まあ、オレが数学苦手って言ってるのを知ってるから、余計。

「お、綾瀬、勉強したかー?」

 先生の言葉に、軽く頷く。
 昨日、九条に二時間、今日のテスト範囲について教えてもらった。
 基礎からちゃんとやった方が応用もすぐできるよ、とか言って。みっちり基礎ばかり。
 こういうので百点、初めて取った!
 すっごく嬉しくて、ほんとなら今すぐにでも隣のクラスに飛んでいきたいところだけれど。まあいいや、もう六時間目だから、ホームルームが終わったらさっさと九条のとこ行こう。そう思いながらも、早く九条のとこに行きたくてそわそわしながら、六時間目を過ごし、続いてホームルーム。
 つか長い! 早く終われー終われーと願いつつ。やっと終わった。

「なあ俊!」

 速攻、九条のクラスに行こうと思ったのに、理央に呼び止められてしまった。

「何?」
「何で百点? 勉強したの?」
「九条に教えてもらったんだよ、昨日習ったばっかりだったから」

 そう言ったら、へー、と理央が面白そうな顔をする。

「えー、いいなあ、綾瀬くん、春海くんと勉強してるの?」

 理央の隣の女子……白石ちひろが、会話に入って来た。
 春海くん、て呼ぶんだ。……そっか、九条の絵のモデルやったって、こないだ聞いたっけ。仲いいのかな。
 九条のとこ行きたいのに行けない……と思った瞬間だった。

「綾瀬」

 あ。九条の声。

「どうだった、テスト」

 振り返ると、そんな風に言いながら、九条がオレの所に歩いてきてくれてるとこだった。

「百点だったよ」

 嬉しくて、そう伝えたら、九条も「ほんとに?」とすごく嬉しそう。

「うん、ほんと。ほら」

 テストを見せると、「ほんとだ、すごいじゃん綾瀬」と笑ってくれる。

「何、二人で勉強会してんの?」

 理央の言葉に、「教えてもらってる」と答えると。

「いいなー、オレも教えてよ」
「あたしも、春海くんに習いたいなー」
「えー、いいなぁじゃあ、あたしもー」

 さらに近くにいた女子まで入ってきた。
 なんだって? むむ……。九条、断ってくんないかな、と思ってしまうオレ。

「……いーけど。狭いよ、オレの部屋」

 そう、狭いからやめといた方が……。

「狭くても大丈夫だよ」

 理央が明るく笑ってる。むむむー。
 心の中は全然穏やかじゃないけど、オレが断るのが変なのは、分かってはいる。

「別にいいよね? 綾瀬」

 くる、と振り返られて、九条に聞かれて、「うん、もちろん」と、笑顔で言ってしまう。ていうか、二人で勉強したいとか、ここで言えるわけないよな、もう。
 まあ、理央だしさ。嫌ではないんだけど。
 ……女子は、白石と、金井 麻央(かない まお)。普通に話す子たちだし。
 なんだかモヤモヤするのは何故……? と自分に疑問を投げかけてしまう。
 結局このまま皆で九条の家に行くことになってしまい、五人で昇降口についた時、他のクラスの友達から「俊!」と呼ばれる。

「ん?」
「数学百点取ったってー?」
「何で知ってんの?」

 笑ってしまいながら聞くと、「噂が駆け巡ってる」と笑われる。

「何だよそれ」

 と返してすぐ、「俊」と頭に触れられた。

「あ、こんにちは」

 サッカー部の先輩たちが三人。

「百点取ったって?」
「何で……」
「なんかさっき聞いた」

 おかしそうに笑った先輩たちに、頑張ったな、と頭を撫でられる。

「小テストなんですけど……」
「はは。まあまあ、良かったじゃん、百点なら。零点が噂んなってたら恥ずかしいけど」
「まあそう、ですけど……」
「じゃあな、俊、理央」

 先輩たち、言いたいことだけ言って、帰って行く。

「この短時間で、先輩たちにまで回ってるとか、面白すぎ」

 理央に笑われて、オレも苦笑い。

「ほら、行こ、綾瀬」

 九条の声が静かに響く。
 うん、と振り返って、九条の隣に白石たちが立ってるのを見ると。なんか、モヤモヤ。
 意味が分かんないや。なんだろう、オレ。皆で勉強会。普通ならオレ、絶対楽しいと思う筈なのに……何でこんなに、モヤモヤ?
 ……多分だけど、きっとオレは、九条と二人で勉強したいんだろうな。よく分かんないけど、そうとしか思えない。

 靴を履き替えながら、少しため息をついてしまった。