◇ ◇
コンビニに寄ってきて、まずは綾瀬の前のテストを確認してみる。
「んー。国語は、古文が出来てないだけだね。英語は単語ミスが多い、社会と理科は計画立ててちゃんとやろ。数学は問題の数をこなそう」
しばらく綾瀬のテストを眺めて、そんな結論になった。
その間、もこもことシュークリームを頬張っていた綾瀬は、ん、と頷いた。
「ほら、ここもここもスペル間違えて減点とかバツになってるし」
「……ふむふむ」
もぐもぐ。
「……」
真剣な顔はしているのだけれど、もこもこ食べてる綾瀬の顔に、なんかものすごく脱力する。
「食べ終わってからにしよっか……」
クスクス笑ってしまう。
「うん」
綾瀬はニコニコしながら、オレを見る。
「九条って怒ったりしないの?」
「ん? 何、突然?」
「なんか、ずっと優しいからさ」
まあ、感情の起伏が激しい方ではないけど。
「九条といると、落ち着く」
「ん。オレは、シュークリームをもぐもぐしてる綾瀬に、すごく落ち着くけどね」
綾瀬の言葉にそう返すと。綾瀬は、ん? とオレを見つめて。何それ、という顔をして、それからクスクス笑ってくる。
「去年も話せば良かった」
「そうだね」
余りに素直なセリフに、ははっと笑ってしまった。
ほんと、なんか綾瀬って、可愛い。癒しキャラだよね。話してると、癒される。
その後、シュークリームを食べ終えて、勉強を開始。最初は向かい合って勉強していたけれど、同じ向きになるようにと、綾瀬が近くに移動してきた。ローテーブルの角を挟んで隣同士。
教科書を読むところからスタートして、分からないところがあったらすぐ聞いてもらうことにして進めていく。
オレはオレで、自分の勉強を進めながら話さずに勉強しているので、部屋で聞こえるのは、文字を書く音と教科書をめくる音だけ。さっき、綾瀬が暑いと窓を開けていたので、窓から、遠い声や物音は聞こえる。下を向いて、鉛筆を動かしている綾瀬のノートに目を向ける。
その時。ふと、綾瀬の髪が、風に揺れた。
何気なく視線を向けると、サラサラした髪の毛や、俯いた表情が、なんだかすごく綺麗に見えて、一瞬、惚けてしまった。
「――綾瀬、今、分からないとこ無い?」
「うん、へーき」
頷いてそのまま、書き進めている。
「トイレ、行ってくるね」
「ん」
真剣な綾瀬を置いて、部屋を出た。
なんか、まずい。
狭い部屋で、かなりくっついて、ものすごく、静かとか。何だこれ。ものすごく、緊張するんだけど。
トイレを済ませて、手を洗うついでに、顔を洗う。
「……」
誰にでも人気がある綾瀬。オレの気持ちも、その他大勢が綾瀬に対して思うそれと同じだと、思っていたんだけど……。
……は。何で緊張してるんだ、オレ。こんなに、ドキドキするって……。
綾瀬はいつもだけど、シャツを第二ボタンまで開けてる。だらしなくなりそうだけど、なんか綾瀬には似合ってて、カッコよく見えるから不思議。
一般論。ただの一般論として、綾瀬はカッコいいと思っていた。着崩してるのも前から知ってるし何とも思ってなかった。
なのに、二人きりですぐ隣でくっついて勉強してると。俯いてる感じと合わさって、なんだかすごく、綺麗に見えてしまった。
分からない。何だろう、このドキドキは。
確かに綾瀬、作りとして、とても綺麗だとは、思っていたけど。
――落ち着け、オレ。
綾瀬は男だ。髪がサラサラしてても。顔がどんだけ可愛くても。一緒にいていつも、なんか可愛いなと、思ってしまっているけど、男友達だ。
オレって……男が、好きだったんだろうか。綾瀬にはずっと感謝してて、気になってはいたけど、それはそんな意味じゃなかったはず。
去年は話せなかった綾瀬と、図書委員をきっかけに話せるようになって、綾瀬の方からオレに近づいて話しかけたりしてくれるし。こんな風に家に勉強しにきてくれて、今、友達としてなかなか楽しい位置にいるし、オレは、綾瀬と友達でいたい、と思う。
図書委員が終わったら、あんまり用事は無くなってしまうにしても、それでも、もし出来るなら。
あの中二の時のように綾瀬が困ったり泣いたりしてる時があったら、少しでもいいから声がかけられるような関係が、いい。そこまで考えていたら、落ち着いてきた。
そうだ、ちょっと可愛いなと思ってしまう部分があるからって、綾瀬は男だ。
オレ、男は対象じゃないはずだし。
こんな想いが綾瀬にバレたら、一緒にいられなくなるに違いない。
オレは、出来たら、綾瀬との友達という関係を守って生きていきたい。
……大丈夫そうかな……落ち着いた。
落ち着くついでにキッチンに行き、母さんが食べて良いよと言ってた、おやつと飲み物を持って、部屋に戻った。オレの持ってるものを見て、綾瀬がめちゃくちゃ笑顔になる。
「わー、九条、ありがとう! ちょうど甘いもの食べたいなって思ってたんだ」
「まだそんなに頭を使ってなくないか?」
なるべく自然に、綾瀬に突っ込む。
「使ったっつーの、めっちゃ頭、フル回転だし! チョコちょうだい」
「はいはい」
綾瀬が指さしてるチョコを手の上に乗せてあげると。
「ありがと」
ニコニコ笑顔で受け取って、口に入れる。
「すげーうまい。……勉強したからかな!」
何か、ものすごく嬉しそうに笑ってる。
……そうそう、これ。この関係が、一番。
友達としても、まだ始まったばかりなのに、絶対壊したくない。