「なんか乱れてるから、オレ、掃除しちゃうからさ。綾瀬は返却本の処理してくれる? あ、逆でもいいけど。どっちがいい?」
「ん、じゃあ返却するね」
「了解」

 九条がオレから離れて、奥の掃除用具入れを開けて、ほうきを取り出してる。

 九条って、背が高いし、脚も長い。前髪が長くて、黒縁の眼鏡で瞳が見えないけど、薄い唇は綺麗だし、鼻筋も通ってるし、そう考えると実は結構イイ男なのでは、と思うんだけど。
 何だろうな。もさっとした感じ。髪型かな。あと、制服がダサい。いや、制服は皆一緒なんだけど、着方が……。シャツの一番上までばっちり留めてる奴なんていない。ものすごくかっちりした印象。

 マジメで九条らしくて良いんだけど、もう少し崩しても良いような? そう思うのだけど、でも着崩すとかは考えても無さそうなところが九条っぽくて、良い気もしてしまう。ただでさえ、声は良いし、優しいし。身なりを整えたら、きっとカッコいいんだろうけど。そしたら、なんかモテそうだし。

 今の、優しくて穏やかな九条とは、違っちゃうのかなぁと思うと、このままでもいーかな、なんて。変なの。オレ。
 何だか、胸の奥に、チクッと針が刺さったような感覚。
 ……昔々に、よく分からないまま、封印したはずの感覚。咄嗟に頭を振って、それを自分から吹き飛ばした。

「九条ってさ?」

 なるべく明るく、少し遠くにいる九条を、大きな声で呼ぶ。

「うん?」
「コンタクトに、しないの?」
「ん? 何、急に……」

 クス、と笑われる。

「母さんには、そろそろコンタクトでもいいんじゃない? って言われてるよ」
「しないの?」
「うーん。眼鏡で困らないからさ」
「そうなんだ」
「運動部とかだったらね、コンタクトにしたと思うけど」
「その黒縁は何で、黒縁なの?」
「別に何でってことないよ。買いに行った時、これ安かったから。これでいいよって母さんに言ったんだよね」
「……」
「そーいえば、母さんにも、え、これ? って言われたな」

 ……そうだろうとも。
 今時、そんな黒縁かけてる高校生って、いんの? 
 いや、別に黒縁はいいんだよ、ただなんか、形が全然おしゃれじゃないっていうか、でかすぎる。昔の眼鏡って感じ?
「別に眼鏡なんて、何でも良くない?」
「少なくとも、オレはそれ、絶対かけないけど」

 思わず正直に言ってしまって、そしたら、九条が、え、そうなの? と驚いてて。
 ……その、驚いてるってことがまた、おかしくなって、ついつい吹き出してしまった。

「あはは、九条、おもしろ……」
「何でそんな笑うんだよ?」

 むう、と、珍しく九条が怒って見せてるけど、そのうち、ふ、と笑ってくれる。
 そんな、穏やかな笑顔が、この空気が、なんか好きだなあと思う。

「まあでもまた度が進んだみたいで、この眼鏡、見にくくなっててさ。そろそろ変えなきゃいけないのかも。まあレンズだけかえても良いけどね」
「え、そーなの?」
「うん、最近見にくくて。テストが終わったら、眼医者行くことになってる」
「じゃあもう、レンズじゃなくて、眼鏡も変えたら?」
「んー、別に……どっちでもいいけど」
「変える時、言って?」
「ん?」
「一緒に眼鏡見に行きたい」
「なに、そんなにこれ変?」
「いや。まあ、似合わなくは、ないんだけど……」

 まあなんか、全体的に九条には合ってるんだけど。でも、前髪と眼鏡で、もう顔全部が「黒です」って感じなんだよな。一年の時、どんな顔か、オレ覚えてなかったしさ。
 これはさすがに言うのは躊躇われて。
 でも、不思議そうな九条が面白くて、また吹き出してしまい、今度はほんとに少し長くむくれさせてしまった。
 しばらく後、九条は掃除が終わって、オレは返却処理が終わった。九条がむくれてたのもやっと復活した頃、何人かが図書室にやってきた。大体、皆、すぐに借りには来ない。机に座って本を読んでたり、ゆっくり選んでたり。
 なので、カウンター近くの机、窓際に二人で座った。

「なあ、九条」
「ん?」
「しばらく、本読めないね」
「まあ、勉強しなきゃ、だからね」

 九条が苦笑いしてるのを見て、ふと思いついた質問を、九条に聞いてみることにする。

「そういえば、九条って成績いいの?」
「んー……数学以外はまあまあかな」

 むむ。何だと。悪いのは数学だけ? 
 ……まあでも、頭、良さそうだもんね。

「数学って前のテストどれくらい?」
「八十点くらい」

 えーと? 八十点くらいの数学が苦手って言うってことは……他は?
「ちなみに、他の教科は?」

 そう聞くと。

「九十点こえるくらい」
「何それ。そんな奴、存在すんの?」

 そう言ったら、九条は、え、とオレを見て苦笑い。

「オレ、成績は良いんだよね。体育ダメだけど」
「体育の成績は?」
「三か四。筆記試験で点数とるって感じ」
「あ、もーいいや」

 何だよもう。体育も別に悪くないじゃん。とにかくすごく頭良いってことだな。
 ……ていうか、勉強、ちゃんとしてそうだもんなあ。

「綾瀬は? 何が苦手なの?」
「うーん……全般的に?」

 言ったら、九条てば、ぷ、と笑った。

「何で笑うんだよっ」
「だって全般的にって……」

 クスクス笑いながら、九条は、「少し静かにしないとだね」と言う。

「九条はテスト楽しそうでいいなあ……」

 むー、と膨らんでしまう。

「楽しくはないけど……」

 九条は、ふ、とオレを見る。

「良かったら一緒に勉強する?」
「え?」
「家、近かったしさ。帰りにオレん家で勉強して帰ればって思ったんだけど」

 確かにこないだ、一緒にご飯食べに行った日に、家が近いってことを知った。学校からチャリで十分の所が九条のマンション、そこから五分でオレの家。

「え? いいの?」
「うち、十九時頃迄は親帰ってこないし。静かに勉強できると思うけど」
「いいの? ほんとに?」
「良くなきゃ言わないよ」

 苦笑いの九条に、オレはさらに苦笑い。

「だってその提案さ、九条にとったら何のメリットもないじゃん?」

 一瞬、九条は黙ってしまった。
 あ、やっぱり、メリット無いと思ってるかな。うんそうだよね。まあ、分かる。

「オレ、教えてもらう気満々だし。邪魔にしかならないと思う」

 思うままにそう言ったら、九条はオレをじっと見つめて、ぷっと笑った。

「人に教えると、より理解できるし。邪魔になんかならないよ」

 クスクス笑って九条がそう言ってくれる。
 うわー。……ほんと九条って、優しいなあ。何ていい奴なんだろう。

「そんなこと言っちゃうと、オレ、ほんとに行っちゃうけど」
「だから良いってば」

 ふ、と九条は笑う。

「……そういえばさ、綾瀬って前からそこに住んでる?」
「中三の春休みに家を建てて引っ越したんだ。それまでは少し離れたとこにいたよ。まあ自転車で来られるくらいのとこだったけど。どうして?」
「いや、だって、そんなに近いのに中学違ったからさ」
「ああ、そっか。うん、中学は隣の市だったよ」
「……なるほどね」

 妙に納得してる九条を少し不思議に思いながら、んー、と九条を見つめる。

「ん?」
「……ほんとに勉強に行ってもいいの?」
「うん。いいよ」

 クスッと笑って、九条が頷いてくれる。

「やった、ありがと、九条」
「綾瀬、声大きい」

 言いながらも、九条の声は優しい。

「オレ、一人で分かんないとすぐやる気なくなるからさ」
「一緒にやるからには、スパルタで行くよ?」
「え」
「遊びに来るつもりなら、やめときな?」
「……分かった。頑張る」

 マジメな顔でじっと見つめられて。浮かれてた気持ちを抑えて頷くと。

「ん」

 九条はクスクス笑って、じゃあ来週からね、と言った。