九条のところから離れて、教室に戻ったところで、理央がオレを振り返りながら言った。

「俊さあ。もしかして、九条に惚れたの?」
「……?」

 理央は、去年から同じクラスで、サッカー部も一緒。一緒にいる時間も多いし、一番よく話すし、仲が良い。理央の、突然のそんな質問に、ん? と首を傾げた。

「惚れたって?」
「九条のことが大好きになったの?」
「まあ、好き、だけど……」

 何言ってんの? と、理央の前の席に座る。

「九条見つけると、飛んでいくじゃん?」
「まあ……見つけるとなんか嬉しいから」
「春休みは九条の下の名前すら何だっけって言ってたじゃん」

 クックッと笑って、理央が頬杖をついたまま、まっすぐ見つめてくる。

「だって話したこと、無かったからさ」
「図書委員、一緒になったくらいで、なんかすげー張り付いてない?」
「あー……そう見えるの?」

 ……そうかあ。確かに廊下で会うと、話しかけには行ってたけど。

「今オレ、九条に本を選んでもらって文学少年になってるわけ」
「文学少年?」

 あっは、と理央が笑う。

「うっそ、そーなの?」
「そう、あいつが選んでくれる本がさ、すっごい面白くてさ。だからなんか、好きではあるけどね」
「へえ……」

 理央は面白そうにオレを見てくる。

「理央も本、読む?」
「オレはいいや」
「ほんと面白くてさ。ついつい家でも読んじゃうんだよね」

 そう言うと、理央はふーん、と楽しそうに笑った。

「でもそろそろ、本ばっか読んでたらまずいだろ」
「え?」
「だって、もう来週は部活も委員も禁止期間で、再来週は中間じゃん」
「あー……そうだよね」

 うん、分かってはいた。そうなんだよな、中間。てことは、とりあえずテスト前は、今日の委員会と部活でラストか。
 そこで休み時間終了のチャイムが鳴り、自分の席に戻った。

 薄い本から始めて結構読んできたけど、テストが終わるまで読書はお休みかぁ……。
 自分が本を読みたいとか思うなんて不思議だけど。本を読んだ後、九条に感想を聞かれて話すと、九条も、オレはこんな風に思ったよ、とか言ってくれる。九条の感想を聞くとまた違う見方ができて、そのおかげで、一人で読むよりもずっと楽しいんだと思う。
 そんなことをぼんやりと考えながら時間が過ぎて、放課後。

 先に部活に行く理央たちに、後でなと告げて、九条のクラスを覗きにいく。九条の姿は無かったけど、鞄は机にあるから、先に行ってようと思って職員室で鍵を借りてから、図書室に向かって歩き出す。

 図書室に向かう廊下に、一枚の絵が掲示されてて、ふと止まって、見上げた。
 ……知らなかったんだよね、最近まで。これが、九条の絵だなんて。額に入って、ばっちり飾られてるから、誰か有名な人の絵かと思って、素通りしていた。

 描かれてるのは、一人の女の子。
 上半身、横顔。ものすごく凛とした瞳で、どこかを見つめている。

 高校生の絵画コンクールで入賞した絵らしい。聞いてみたら、オレの周りの奴らは皆知ってた。
 うーん、オレ、絵とかほんとに全然興味なかったからなー……そこの話、聞いて無かったのかも。
 モデルがいるのかなあ? こんな凛としたカッコいい女の子、いるのかな……。じーっと見つめていると。

「何してんの、綾瀬」

 少し笑いを含んだ、最近ものすごく聞きなれた九条の声が背後から聞こえた。

「あ、九条、どっか行ってた?」
「ごみ捨てに行ってた。綾瀬は何でオレの絵、じーっと見てたの?」

 クスクス笑いながら、九条がオレを見る。

「なんか、九条ってすごいなーと思って」
「それはありがと」

 穏やかに笑う九条に、ふ、と笑い返す。

「この絵の女の子って、この学校の子?」
「うん、そうだよ」
「ふーん……」
「今、綾瀬、同じクラスだと思うよ」
「え? 誰?」
白石(しらいし)ちひろだよ」

 顔を思い出しながら、絵をもう一度見つめる。言われてみればそんな気がしてくる。
 すごく凛とした、カッコいい感じで描いたんだな。
 ……九条には、そう見えたってことかな。
 いいなあ、こんなに綺麗にカッコよく、描いてもらえて。なんて思っていると。

「行こ、図書室」

 九条に言われて、うん、と歩き出した。図書室の鍵を開け、電気をつけて中に入った。