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 一緒にご飯に行って話したおかげで、完全にわだかまりが無くなったらしい。

「九条」

 廊下ですれ違う時、わざわざ名を呼んで、何かしら話しかけてくるようになったのは、あの翌週からだった。

「今日の体育、マラソンだったよ。結構走った」

 苦笑いしながらそう言ってくる。

「そうなの?」
「そう。九条マラソンは得意……」
「なわけないだろ」

 そう答えると、綾瀬は、「なんかそんな気はした」とクスクス笑ってる。

「今日はトラック四周くらいだった」
「四周くらい、じゃないから……」

 うんざりしてると、「頑張って。放課後な」と、楽しそうに言いながら、キラキラの笑顔を振りまいて、綾瀬が立ち去る。
 なんとなくオレと一緒にいた皆も足を止めてたけど、綾瀬が歩き去って行ってから、また自然と歩き出す。

(はる)、なんか、すごく懐かれてるよな?」

 酒井優真(さかい ゆうま)が、オレの隣で笑いながらそう言った。
 優真は一年二年と同じクラス。
 一番ウマが合うというか、いつも似たようなトーンでお互い話すので、疲れないというか、すごく楽な相手。親友と言ってもいいと思う。そんな優真の、「懐かれてる発言」に、苦笑いが浮かぶ。

「別に懐かれてるとかじゃ……」
「そう? なんか春のこと見つけると必ず寄ってくるじゃん」
「まあそうだけど……綾瀬って、そう言う奴なんじゃない?」
「まあな。一年の時も、誰とでもよく話す奴だなとは思ってたけど」

 優真はクスクス笑って、オレを見てくる。

「不思議なくらい、春に懐いてる気がするけど」
「オレ、読書の先輩らしいよ」
「はは、何それ」
「今オレ、本を選んであげててさ。初めて読書が楽しいって思ってるんだって」

 優真は、そうなんだ、と面白そうに笑う。

「まあ、見てて面白いけどな」
「何が?」
「すげえ目立つキラキラしたのがお前の周りをうろうろしててさ。そのキラキラに惑わされてる女子たちが超いるからさ」
「ああ。そう、だね」

 確かに綾瀬がしょっちゅうオレの所に話しにくるから、オレのクラスの女子たちに、綾瀬のファンが急増してる気がする。

「あいつ、去年も思ってたけど……ほんと強烈に目立つよな……」
「まあ、そうだね」
「なんか、強烈具合に拍車がかかってる気もするけど」

 優真の笑いながらのそんな言葉に、下駄箱で外履きに履き替えながら、ふ、と苦笑い。校庭に出て間もなく体育の教師も現れて、準備運動が始まる。
 懐かれてる、かぁ。……何だろうな。去年話せなかった分も話そうとしてるみたいな。いよいよ優真にも突っ込まれてしまった。
 オレが薦める本を次々に読み終えて、たまに自分から、あの作者が好き、他の本も読んでみたい、なんて言ったりする。自分の嗜好に、引き込んでいってるみたいで、なんだかすごく嬉しかったりする。だからと言って「懐かれてる」とは思わないけど。

 むしろ何年も前から、綾瀬のことを想って来たのは、オレだしなー……。