◇ ◇
金曜日。
結局、綾瀬の誘いを断るなんて出来る筈もなくて、図書の当番の後、一緒にご飯を食べに来た。駅前にある、お好み焼きのお店。目の前に鉄板を挟んで綾瀬と向かい合う。
正直、ほんとに不思議。小学生、中学生に一度ずつ。オレだけが強烈だと思う出会いをした。高校で、オレにとっては再会だったけど、綾瀬は覚えてなくて、話せないまま一年が終わった。オレと綾瀬は結局、深く関わることのない運命なんだろうと思っていた。そんな相手と。……まあ図書委員は、学校の活動だからあるとしても、何で一緒にここに居るのか分からない。
お好み焼きを鉄板に置いて三分待つらしくて、置いてあった砂時計をひっくり返すと。
「なあ、九条」
そう言って、綾瀬がまっすぐにオレを見つめてきた。
「ん?」
「オレ、ちょっと九条と、マジメな話、したい。いい?」
「うん?」
向かい合わせで座っていたから、まっすぐな視線を逸らせない。落ち着いて返事をして見せているが、内心はドキドキものだった。
「ちょっと気になったから……変なこと聞くけど、いい?」
聞かれてはいるけれど、嫌だなんて選択肢はない質問の仕方と視線だ。
「うん、いいよ。……なに?」
言うと、綾瀬は一瞬視線を落として、それから思い切ったように、オレをまたまっすぐに見つめた。
「あのさ、オレたちってさ、去年同じクラスだったじゃん?」
「そうだね」
「話したこと、ある?」
「ん?」
「一言でも話したこと、あった?」
「どうかな……無いかもね……?」
こんなに近くでまっすぐ見つめ合っていたら嘘はつけない。仕方なく、そう返した。
「やっぱりそうだよな。……なあ、それって何でかな?」
「さあ。何でって言われても……」
「すごい不思議でさ。一年間全然話さないなんて……もしかして、九条がオレのこと避けてたのかなと思って」
綾瀬は言いにくそうに、そう聞いてくる。
「なんで、そうなるの?」
「だって、オレは避けてないんだよね。そうなると九条が避けてたっていう理由以外に、まったく話さないなんてこと、無い気がして」
そう言って、綾瀬が眉を寄せる。
「もしそうだったら、図書室の当番も、あんまり仲良くするの嫌かもなぁって気になってきてさ。それで、ご飯に誘ってみることにしたんだけど」
「そうなんだ……」
「誘いに乗ってくれたら、これを話してみようかなと思ってたんだ」
「誘いに乗らなかったら、どうしてたの?」
そう聞くと、綾瀬は、んーと、視線を彷徨わせてから。
「もう一回くらい、九条の都合のよさそうな時で誘ったかも」
「そっか」
「で、それも断られたら……当番だけやって、あんまり近づかないようにしたかも。迷惑かなと思って」
何だ、それ。綾瀬って、結構気を遣うんだな。少し意外。
「でも今日、来てくれたからさ。もう全部聞いてみようと思って」
「なるほど……」
ふ、と苦笑いが浮かんでしまう。
「あ、綾瀬、ひっくり返そう、お好み焼き」
「うん」
二人でひっくり返し、砂時計をまたセットしてから、もう一度まっすぐ見つめ合う。
「オレがさ、綾瀬のこと、嫌がってるように見える?」
「今は見えないけど……」
「けど?」
「一年の時は嫌だったのかなとか、いろいろ考えた」
ああ、そうなんだ。こんなに綺麗で派手で、他に友達が山ほどいるのに。オレのことも、そんな風に気にするんだな……。
でも、会った時もそうだったっけ。楽しそうにサッカーしてて、皆に大人気なのに、あんなすみっこで絵を描いてたオレの所に来てくれたんだもんな。普通は来ないと思うのに。ほんと、綾瀬って……変わってないなあ。
「あのさ、オレが綾瀬のこと、嫌だと思ってるなんて、そんな風には見えないでしょ?」
綾瀬は、しばし言葉に詰まって。
「だから、今は見えないんだけど……」
まだ気にしてるっぽい綾瀬。昔のことを言う気はないけど、こんなに気にさせてるのも悪いし、何とか分かってもらわないと、と思った。
「綾瀬のこと、嫌なんて、思ってないよ」
……まあ、確かに、全然かけらも気づかない綾瀬に、最初は少しひっかかったけど、でもそれも、忘れてて当たり前だと、すぐ思ってたし。もう少し、話す機会があれば、話したとは思うんだよね……無視なんかできるはずないし、する気もなかった。
でも一年の時は驚く程に、「話さなきゃいけないこと」が、綾瀬との間には無かったというか。席も遠いことが多くて、部活も違うし。クラスの係とかも友達同士でやることが多いから、全然絡まないし。ほんとに接点無かったんだよな。オレだって、席が前後とか隣とかになってたら、さすがに話してたと思うし。
「同じクラスでも話さない奴、普通にいるよ。オレ、今のクラスでもいるし」
「え、そうなの?」
「そうだよ」
「オレ、考えすぎ?」
「うん。本当に、気にしないで?」
そんなこと、これ以上気にして欲しくない。
「分かった。ごめん、変なこと気にして」
ほっとしたように綾瀬が笑って、オレも同じようにほっとして微笑んだ。
「全然。オレこそ、何かごめんね」
「九条は謝らなくていいよ。オレが気になっちゃっただけだから」
そんなに気にしてたのか。……ほんと、人が良いっていうのか。
「九条のおかげで本を読むようになってさ。オレ、初めて、本って面白いなと思ってるんだよね」
「そっか」
それは、かなり嬉しいかもしれない。
「でも家で読んでる時、何で去年は全然話さなかったのかなってとこから、避けられてたのかなって思ってさ。じゃあこんな風に本を選んでもらうのも、迷惑だったりするかなとか。いろいろ考えちゃって、集中できなくなるわけ」
「はあ……」
「だから聞いちゃおうって思ったんだけど」
「……なんか、意外」
思わず漏れたオレの言葉に、綾瀬は、意外? と首を傾げた。
「綾瀬、友達いっぱいいるしさ、オレのことをそんなに気にしなくたって、全然害ないのに」
「え? 友達いっぱいとか、関係ないし。てか、すごい害があるじゃん」
「あるの?」
「本に集中できないし」
そう言われて、ふ、と笑ってしまう。
「九条、ほんとに簡単な本から選んでくれたよね? 最初すごく読みやすくて、最近少し難しくなってきたような気がするし」
「まあ、最初は超初心者用から始めたけど」
クスクス笑うと、綾瀬も、にっこり笑う。
「自分じゃ分かんないもん、そういうの。九条に選んでほしいし。……良かった、避けられてたんじゃなくて。じゃあもう、遠慮なく仲良くしよっと」
「え」
「え? ダメなの?」
「ダメじゃないけど……何、その宣言」
「だって九条、オレの読書の先輩だし」
「何それ」
まっすぐにオレを見て、クスクス笑う綾瀬に、顔が綻んでしまう。
綾瀬って、どうして、こんなにまっすぐなのかな。ほんとすごい。焼けたお好み焼きに鰹節を乗せてる、とても楽しそうな綾瀬を見ながら、そんな風に思ってしまった。