第5話
「次グラサージュかけて」
「はい」
「仕上げはこっちでするからどんどん回して!」
「はい!」
黒く輝くチョコレート色のペーストを、解凍する前のケーキに綺麗にかける。
お店に出すのは3時間後。そのころには先に出ているケーキの売り切れにも間に合うだろう。
「ジェノワ5段目焼きあがりました!次、タルト系焼いていきます!」
「お願いしまーす!」
ホカホカのジェノワーズは明日売るクリスマスケーキの分。
そう、今はクリスマス商戦、真っただ中だ。
12月22日の明朝から、ケーキはとにかく忙しい。
少しずつクリスマスケーキが売れていき、24日の夜が一番のピークを迎える。
つまり、今日!
さっきクリーム何回作ったけ?この飾りつけも昨日から何度したかわからない。
とにかく作って、作って、作りまくる!
ケーキ屋としてはクリスマスに儲かるのは嬉しい悲鳴だが、数日睡眠不足で作り続けていると、思う。
「別のお店に並んでくれてもいいんだよ?」
「そんなこと言わないのー!みんな食べたいんだよ!」
「結衣のケーキ屋さん美味しいもん」
心の中の樹里と公佳が突っ込んでくるくらい、私はクリスマスの波にもまれている。
樹里と公佳もそれぞれクリスマス商戦で忙しいから、ここ最近は一緒に過ごす時間もなかった。
クリスマスパーティーしたいけど、それはみんな疲れてるし無理だよね……。
そして、翌日25日。閉店をようやく迎えた。
「みんなお疲れーーー!言ってた通り、1人1台ケーキ持って帰っていいから!家族とか友達と食べてくれ!」
「ありがとうございます」
開店1年目にして売り上げはとてもよかったらしい。
決めていたホールケーキを1つ分けてもらい、私も家に帰る。
コンビニやスーパーに寄ってみると、クリスマス系の総菜が半額で売っていた。
誘いたいけど、みんな疲れてるかなぁ。
とぼとぼ家に帰ると、電話がかかってきた。公佳からだ。
「今どこら辺?」
「えっもう家につくけど」
「わかった。眠いところ悪いけど樹里の家、一瞬だけ寄ってくれる?しんどかったらいいんだけど」
眠気はむしろなくて、もしかして、と心が弾む。
家まで速足で歩き、樹里の家のインターホンを鳴らすと、クラッカーの音で扉が開いた。
「めりーくりすまーす!」
「おつかれさま」
「大変だったでしょう」
「今日はごちそう用意しといたよー」
「眠たかったらいつでも寝ていいからね」
「あ、でもご飯は食べてからで……」
うりゅっと涙目で感動する私に、2人が止まる。
「じゅりぃ……きみかぁ……ありがとーーーー!」
「わー!!」
「よしよし」
抱き着く私に、思いっきり抱き返してくれた。
樹里と公佳が準備してくれたクリスマスパーティーは想像以上に豪華だった。
「ピザ頼もうと思ったんだけど、冷めちゃうから!生地作っって結衣がきてから焼こうとしてたんだ~」
「そして出来上がったものがこちらに」
ささっと焼きたてのピザを見せてくれる公佳。
「あと、めちゃくちゃ疲れてるだろうし、無理だったらまた別の日に食べたらいいかなって」
そっかさっき聞いて来たのはそういうことか。
「至れり尽くせり……幸せです」
具材がたっぷり乗った小さめのピザが3種類。生ハムとサーモンのマリネとサラダ。ちょっとしたお寿司まで。
「子どもの頃はピザとお寿司一緒に食べたからさぁ。結衣がどっち派だろうね?って話してて。どっちもすることにしたの」
「おいしいいいい」
「そうだ!ケーキもらったからこれも後で食べようね!」
「待ってました」
私がケーキのボックスを紙袋から出して見せると、公佳がフォークをきらりと光らせる。
「公佳めっちゃ獲物を見る目で見てたよね」
「まさかそのために……⁉」
「ふふふふ」
自分の身が狙われていたのか⁉と身を引き締めると、公佳があえて調子にのってくれて、樹里がお腹を抱えて笑う。
ああ、久しぶりだ。
結局その日はお腹いっぱいになるまでケーキを食べて、仕事の愚痴を話して、くだらないことで盛り上がって、寝てしまった。
早朝、樹里んちのこたつは罪深すぎる……とうごうご動いていると、頭がカサッとなにかに触れた。
手を取って触った感触ですぐに目が覚めた。
「プレゼントじゃん……」
隣で寝たふりをしていた公佳がニヤっと笑って私を見る。
「めりーくりすまーす」
「うそぉっ」
樹里も遅れて起きて、公佳のプレゼントを見つけて、ズルいと叫んでいた。
「こんなの反則じゃん!私もサンタさんしたかったぁ!」
「サンタはね、みんなの心の中にいるものだから」
ドヤ顔で樹里を諫める公佳がくれたプレゼントは、あったかいアイマスクセットだった。
公佳が選ぶ贈り物は、いつも身体に優しい。
「じゃあプレゼント買いに行こうか。一緒に選ぼうよ」
「ダメ」
「えっ!」
用意していなかったのは私も同じだったので、樹里を誘うと公佳に止められる。
「今日は結衣は休まないと。また今度行こう?」
「そっかそうよだね。ちゃんとお布団で寝なおして!」
気が付けば片付けまで終わっていて、私が寝た後に片づけてくれたらしい。
残ったケーキとご飯を綺麗に三等分したプラパックを持たされて、家に帰される。
OL時代、『クリスマスは彼氏と過ごす』そんな普通にこだわっていたっけ。
彼氏がいない時は間に合わなかったねと、友達と集まって飲んだとき。
どれだけ楽しく騒いでも、帰り道にすれ違うカップルが正解で、自分が間違ってる気がした。
一緒にいてくれた友達も「悔しいね」「来年こそは!」なんてお互いに言っちゃって。
心の隙間が埋めれてなかったのは、『彼氏』と『普通のOL』に当てはめていたから。
じゃないと周りに誰も、いてくれないと思ってたの。
身体はガタガタ。眠いし、いつもより長くお店にいたから髪には甘い匂いが染みついてる。
でも、幸せだった。
お風呂にお湯を溜めながら、顔を洗う。ほぼすっぴんで過ごしてたからクレンジングに時間もかからない。
ああ、もう。こんな自分が、昔の自分よりも、大好きだなんて。
昔なら信じられなかったな。
お風呂に入って髪を乾かし、アイマスクをつけて目を閉じた。
変わろうと思った先に、彼女たちがいてくれたこと奇跡を、じんわり噛みしめる。
プレゼントは思いっきりいいもの、選んじゃおう。
樹里と公佳は、どんな顔をするかな?
「次グラサージュかけて」
「はい」
「仕上げはこっちでするからどんどん回して!」
「はい!」
黒く輝くチョコレート色のペーストを、解凍する前のケーキに綺麗にかける。
お店に出すのは3時間後。そのころには先に出ているケーキの売り切れにも間に合うだろう。
「ジェノワ5段目焼きあがりました!次、タルト系焼いていきます!」
「お願いしまーす!」
ホカホカのジェノワーズは明日売るクリスマスケーキの分。
そう、今はクリスマス商戦、真っただ中だ。
12月22日の明朝から、ケーキはとにかく忙しい。
少しずつクリスマスケーキが売れていき、24日の夜が一番のピークを迎える。
つまり、今日!
さっきクリーム何回作ったけ?この飾りつけも昨日から何度したかわからない。
とにかく作って、作って、作りまくる!
ケーキ屋としてはクリスマスに儲かるのは嬉しい悲鳴だが、数日睡眠不足で作り続けていると、思う。
「別のお店に並んでくれてもいいんだよ?」
「そんなこと言わないのー!みんな食べたいんだよ!」
「結衣のケーキ屋さん美味しいもん」
心の中の樹里と公佳が突っ込んでくるくらい、私はクリスマスの波にもまれている。
樹里と公佳もそれぞれクリスマス商戦で忙しいから、ここ最近は一緒に過ごす時間もなかった。
クリスマスパーティーしたいけど、それはみんな疲れてるし無理だよね……。
そして、翌日25日。閉店をようやく迎えた。
「みんなお疲れーーー!言ってた通り、1人1台ケーキ持って帰っていいから!家族とか友達と食べてくれ!」
「ありがとうございます」
開店1年目にして売り上げはとてもよかったらしい。
決めていたホールケーキを1つ分けてもらい、私も家に帰る。
コンビニやスーパーに寄ってみると、クリスマス系の総菜が半額で売っていた。
誘いたいけど、みんな疲れてるかなぁ。
とぼとぼ家に帰ると、電話がかかってきた。公佳からだ。
「今どこら辺?」
「えっもう家につくけど」
「わかった。眠いところ悪いけど樹里の家、一瞬だけ寄ってくれる?しんどかったらいいんだけど」
眠気はむしろなくて、もしかして、と心が弾む。
家まで速足で歩き、樹里の家のインターホンを鳴らすと、クラッカーの音で扉が開いた。
「めりーくりすまーす!」
「おつかれさま」
「大変だったでしょう」
「今日はごちそう用意しといたよー」
「眠たかったらいつでも寝ていいからね」
「あ、でもご飯は食べてからで……」
うりゅっと涙目で感動する私に、2人が止まる。
「じゅりぃ……きみかぁ……ありがとーーーー!」
「わー!!」
「よしよし」
抱き着く私に、思いっきり抱き返してくれた。
樹里と公佳が準備してくれたクリスマスパーティーは想像以上に豪華だった。
「ピザ頼もうと思ったんだけど、冷めちゃうから!生地作っって結衣がきてから焼こうとしてたんだ~」
「そして出来上がったものがこちらに」
ささっと焼きたてのピザを見せてくれる公佳。
「あと、めちゃくちゃ疲れてるだろうし、無理だったらまた別の日に食べたらいいかなって」
そっかさっき聞いて来たのはそういうことか。
「至れり尽くせり……幸せです」
具材がたっぷり乗った小さめのピザが3種類。生ハムとサーモンのマリネとサラダ。ちょっとしたお寿司まで。
「子どもの頃はピザとお寿司一緒に食べたからさぁ。結衣がどっち派だろうね?って話してて。どっちもすることにしたの」
「おいしいいいい」
「そうだ!ケーキもらったからこれも後で食べようね!」
「待ってました」
私がケーキのボックスを紙袋から出して見せると、公佳がフォークをきらりと光らせる。
「公佳めっちゃ獲物を見る目で見てたよね」
「まさかそのために……⁉」
「ふふふふ」
自分の身が狙われていたのか⁉と身を引き締めると、公佳があえて調子にのってくれて、樹里がお腹を抱えて笑う。
ああ、久しぶりだ。
結局その日はお腹いっぱいになるまでケーキを食べて、仕事の愚痴を話して、くだらないことで盛り上がって、寝てしまった。
早朝、樹里んちのこたつは罪深すぎる……とうごうご動いていると、頭がカサッとなにかに触れた。
手を取って触った感触ですぐに目が覚めた。
「プレゼントじゃん……」
隣で寝たふりをしていた公佳がニヤっと笑って私を見る。
「めりーくりすまーす」
「うそぉっ」
樹里も遅れて起きて、公佳のプレゼントを見つけて、ズルいと叫んでいた。
「こんなの反則じゃん!私もサンタさんしたかったぁ!」
「サンタはね、みんなの心の中にいるものだから」
ドヤ顔で樹里を諫める公佳がくれたプレゼントは、あったかいアイマスクセットだった。
公佳が選ぶ贈り物は、いつも身体に優しい。
「じゃあプレゼント買いに行こうか。一緒に選ぼうよ」
「ダメ」
「えっ!」
用意していなかったのは私も同じだったので、樹里を誘うと公佳に止められる。
「今日は結衣は休まないと。また今度行こう?」
「そっかそうよだね。ちゃんとお布団で寝なおして!」
気が付けば片付けまで終わっていて、私が寝た後に片づけてくれたらしい。
残ったケーキとご飯を綺麗に三等分したプラパックを持たされて、家に帰される。
OL時代、『クリスマスは彼氏と過ごす』そんな普通にこだわっていたっけ。
彼氏がいない時は間に合わなかったねと、友達と集まって飲んだとき。
どれだけ楽しく騒いでも、帰り道にすれ違うカップルが正解で、自分が間違ってる気がした。
一緒にいてくれた友達も「悔しいね」「来年こそは!」なんてお互いに言っちゃって。
心の隙間が埋めれてなかったのは、『彼氏』と『普通のOL』に当てはめていたから。
じゃないと周りに誰も、いてくれないと思ってたの。
身体はガタガタ。眠いし、いつもより長くお店にいたから髪には甘い匂いが染みついてる。
でも、幸せだった。
お風呂にお湯を溜めながら、顔を洗う。ほぼすっぴんで過ごしてたからクレンジングに時間もかからない。
ああ、もう。こんな自分が、昔の自分よりも、大好きだなんて。
昔なら信じられなかったな。
お風呂に入って髪を乾かし、アイマスクをつけて目を閉じた。
変わろうと思った先に、彼女たちがいてくれたこと奇跡を、じんわり噛みしめる。
プレゼントは思いっきりいいもの、選んじゃおう。
樹里と公佳は、どんな顔をするかな?