物心ついたときから、自分の欲しいものが何かなんて考えたことなかった。

他人はみんな、主導権を俺に握らせているかのように装って、本当ははじめから俺が選ぶべき答えを決めていた。

『ママも直くんには、公立が合うと思っていたの』

『直人はやっぱり俺の子だな。俺も学生時代は、バンドをしてたんだ』

『直人先輩って、本当なんでもできますよね!』

それでも別に俺は構わなかった。

自分がしたいことも、欲しいものも、何にもなかったのだから、他人が喜ぶ選択肢を選び、目の前の相手が笑えばいいと思うことは俺にとって特段おかしいことではなかった。

俺を俺たらしめるのは、周りからの評価と俺への期待。

だから俺はいつだって他人の中から自分を探した。


あの日だってそう。

『直人先輩のこと憧れてて、好きなんです』

誰かにまっすぐと目を見てそんなことを言われたのは久しぶりだった。

『他の人は見ているだけだったのに、こう言う時、率先助けに来てくれるところも尊敬します。ステージの上で輝いてる先輩も、今の先輩も僕どっちも好きで__』

はにかみながらそう話す後輩は、陶器のように白い肌をうっすらと赤く染めた。

男に真正面から好意を伝えられたのはこれがはじめてだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。

むしろ__

好き、か。俺を好き。

その子に言われた言葉を反芻する。




でも、と思った。

困ったな。特定の子と付き合うと、女はえらく陰湿になると知っていた。

『遊びはいいけど本命ができたら泣く』

前に誰かが俺にそう言った。

あぁ、でも男の子ならどうだろう。

この子ならあいつらも怒らないかも。

何より、俺はキラキラと瞳を輝かせるこの子の表情が陰るところを見たくなかった。


「いいよ」


それが僕に初めて恋人ができた日だった。

それからは毎日、学校ですれ違うたび俺はその子に絡みにいった。

自分から言い寄ってきたわりに、その子は俺をみるとはにかみ困ったように微笑む遠慮がちな少年で、俺と話すこと自体に戸惑っている彼からは、何を求めているのかその心が読み取りづらかった。

最初は俺との交際が周囲に気取られないようにそのような態度をとっているのかと思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。

まじで何考えてんだ? アイツ……

その上、俺自身が誰かと交際することがはじめてということもあり、その子に何をしてあげるべきかよくわからなかった。

だから俺は、自分にできることから手当たり次第に試して行くことにした。

廊下での挨拶。

中休みのお喋り。

昼食の共有。

下校の待ち合わせ。

手応えのなかった日々の中でも、少しずつ砕けた話し方をしてくれるその子に、俺は嬉しくなった。

そして、次第に、その子は穏やかなそうな見た目に反して、意外と毒舌で自分の意見をしっかり持った少年だと言うことが判明した。

なんかネコみてぇなやつ。

これまで俺に言い寄ってきた奴らとはまるで違う反応が新鮮でいじらしく俺を捉える。


人の中にしか自分を見出せない俺とはまるで正反対なその子に惹かれるのに時間はかからなかった。

「なんか俺にして欲しいこと、ないのかよ」

屋上で昼食を共にしていた時だった。

俺はついに、痺れを切らしてそう聞いた。

相手の気持ちを読み取ることに長けているとの自負があった俺だが、その子の心までは読みきれなかった。

つまり完全なる俺の敗北。

それでも俺はその子に何かしてあげたかった。察する美徳、言い当てる妙味そんなものよりも俺はその子の喜ぶ顔を見たかったのだと思う。

『写真、撮りたいです』

だから、はじめてその子が自らの希望を口にしたとき心が震えた。

そんなの何枚でも撮ってやるよと思った。

ちょいと肩を寄せれば頬を染めるその子は、俺が知っている反応とかけ離れた初心なもので、こちらまで釣られて心臓が嘘みたいに跳ねる。

そわそわした気持ちに、もっと触れたいと、隣にいるその子を見るけれど、伸ばした手は彼の頬を弄ぶだけに留まった。


……その子はときどき、どこか遠くを見る目をする。それはもうここではないどこか遠く。

近づいたかと思うと、心ここに在らずといったような態度をするその子を前に俺はもどかしかった。

こっちを見ろよ、

お前が好きなのは俺なんだろう?

よそ見してんじゃねぇよ、

あぁもう俺だけのこと考えてくれればいいのに。

それなのに。


『どうでしたか?』

俺宛の女からのラブレターを持ってきたその子は、好奇心のこもった目を向けた。

は?

なんだそれ。

手の中で紙がクシャッとゴミになる音がした。

俺と別れたいのか?

悪気のない瞳で見上げてくるそいつに無性に腹が立つ。

その気なら直接いえばいい。

飽きた、でも、他に好きなやつができた、でも。

そうしたら、俺は……

それでも許せないかもしれない。

しかし、俺は何よりそいつが他の奴らと同じようなやり方で俺をやりこめようとしたことが気に入らなかった。

お前まで俺に初めから決まってる選択肢を俺に選ばせようとすんのか?

おまえも同じ、他の奴らと同じ……

そう思ったら自分でも歯止めがきかなくて、

気がつけばアイツは怯えた瞳、青い顔を俺に向けて震えた唇を動かした。

『……僕たち、付き合ってたんですか?』

冷や水を浴びせられたように、ガンと頭に衝撃が走る。

それでももう俺は後には引けなかった。