早朝、微睡の中を走るバスが好きだ。

世界が目覚める前の静けさ、車窓に差し込む青白い光、まばらな客席。

まるで夢の続きを見ているような感覚に心絆される。

中でも、"あの人"が乗り込んでくる瞬間は格別だ。

僕は彼を見かけると、毎度のこと時が止まってしまったかのような錯覚に陥る。

__あぁ、今日も、顔面天才。

彼と同じバスで通学できることが、僕の数少ない、人に自慢できることの一つだった。


三年の福岡直人先輩は、朝霧高校の有名人だ。

容姿端麗、文武両道、才色兼備、そう言った四字熟語はまるで彼のために作られた言葉と思われるほど彼を言い表すのにぴったりあてはまる。

春先に行われた体育祭での団長姿、

白服での堂々とした立ち居振る舞い、通る声。

写真の待機列は、某遊園地の開演前並みに長蛇にのびた。

初夏の合唱コンクールでは、彼のピアノを伴奏する真剣な眼差しに、一体何人の生徒が恋に落ちたことだろう。

極め付けは、先日の文化祭。

バンドのおおとりを務めた先輩は、その生歌と圧倒的カリスマ性で、生徒のみならず会場にいるもの全てを熱狂させた。

先輩のいる学校生活を送れる僕は、なんて幸せ者なんだろう。

学校で見かける先輩は、いつも人に囲まれている。

そんな先輩を、朝のバスで独り占めできるこの瞬間がどうしようもなく幸せで、それが、僕が毎朝、早起きをしてでも同じ時間帯のバスに乗る理由だった。