さっそく移動の準備をしていると、ふいに影が伸びてきた。

「サツキが真面目になって1つだけ残念な事がある」

「な、なんだよ、いきなり!」

 急接近にオロオロしてしまい、上目遣いで明の考えを探る。するとボタンをきっちり止めたシャツを人差し指で弾かれ、日陰へ連れ込まれた。

 屋上は滅多に人が来ないが、物陰に入るとますます目立たないんだ。俺はここで明とキスをするよりもっと前から昼寝をしていたので知っている。

「明って、意外とムッツリなんだよな」

 唇が離れた隙に呟く。
 額と額をぶつけたまま会話を続けた。

「……そうかもね。僕がサツキを初めて見たのはここで昼寝をしている時だった。教室では走り回り騒いでいる割に、丸くなって眠っているなんて。あの時、恋に落ちたのかも? 子犬みたいだったぞ」

「……」

 バッと明なら離れ、口をパクパクさせてしまう。

「自分の何処を好きになったのか、知りたいんじゃなかったか?」

「き、聞いてたのかよ!」

「はは、僕はサツキの事なら何でも知りたいから」

 明も最近はよく笑うんだ。表情が柔らかくなったってクラスの女子達が噂するくらいだ。

「ほら、お手! 行こうか」

「犬扱いするなってば!」

 言いつつ、手をギュッと握った。

「それはそうと、逆ナンしてきた子等と仲が良すぎないか? 僕の知らないうちに親しくなってた」

 しかめっ面も健在。俺は明の不機嫌な顔も嫌いじゃない。

「もしかして嫉妬?」

「……まぁな。僕は君の番犬でもある」

「ぷっ、自分まで犬扱いするんだ?」

「あぁ、聴覚以上に嗅覚が優れているから気をつけろ。浮気なんてしようものならーー」

「絶対しない! 明は紆余曲折するハッピーエンドばっかり読んでるから、そんな不安になるんじゃない? お前は黙って俺に溺愛されてろって!」

 断言する。

 俺達もだんだん大人になっていく。良い方向だけじゃなく悪い方へ流されてしまう事もあるかもしれない。

 そんな時、いやどんな時だって俺は明の手をこうして握りたい。


おわり