「み、道永?」

 道永は拳を作ったまま、俯く。

「ねぇ、テーブルを思いっ切り殴っちゃって、痛いんじゃない?」

「痛くない、全く痛くないぞ!」

 いいや、絶対に痛い。肩を震わせ堪える姿を見てたらIQが高いはずの頭を撫でてやりたくなった。渦を巻いていた気持ちが凪いでいく。

「ふ、風呂に入ってくる!」

 俺の手をかわし、すくっと立ち上がって宣言。

「あ、あぁ? 分かった」

「覗くなよ!」

 涙目で睨まれても怖くない。吹き出すのを我慢する。

「頼まれても覗かない。ごゆっくり、どーぞ」

 とにかく落ち着け、ジェスチャーを交えて伝えた。
 不思議なもので道永が興奮すると僕は冷静になり、室内の感情バランスが傾き過ぎない。
 じゃあ、2人揃って同じ方を向いた時はどうなるんだろう?

「……だ」

 リビングを出る前になにやら呟く。

「ん? なんだって?」

「僕も童貞だ!!!」

 道永は叫びに近いカミングアウトをして風呂場へ駆け出す。

「ーーは? な、なんなの、あいつ? あははは!」

 道永が童貞だったのが面白かったんじゃなく、あまりにも子供っぽかったから笑った。
 クッションを抱き、くくくと笑い声を吸収させる。と、ミントの香りが鼻をつく。

 清潔感のある道永の匂いだった。