「ただいま」
家に着いてすぐにキャリーバッグを開けると、ポピーは飛び出るようにしてケージの方に向かい、自分の体をぺろぺろと舐め始めた。点滴をしたおかげか、少し元気が出たように見える。
「おかえり、どうだった?」
布団から起き上がってきた母さんに獣医の先生からの話を伝えると、頬に手を当てるようにして困っていた。
「慢性腎不全だったら大変な病気よね。毎月の治療費もかかるだろうし……」
「うん。そうだよ、ね……」
僕も何も知らないわけじゃない。通院はもちろん、薬も必要になるだろうしポピーの状態に合わせたエサだっているかもしれない。なにかの支援制度を受けようにも、貧乏な母子家庭のための猫の飼育支援なんてものはない。
「僕さ、バイト増やそうと思う」
「でも海斗、今でもシフト多いんじゃない?」
「もうちょっとなら増やしても大丈夫。それをポピーの治療費に使うよ」
「そう……無理はしないでね」
「うん、ありがとう」
どこか他人事の母さんに少しだけモヤッとする。だけど、今のうちの状況で確実に収入を増やすなら僕が頑張るしかなかった。それはもう、わかりきっていることなのだ。
ため息を我慢していると、カリッ……という小さな音が聞こえる。
ポピーが餌を食べているんだ。そのことが、無性に嬉しい。
その時、自分のスマホに通知が届いているのに気づいた。北条先輩だ。
[お疲れ。さっそく投稿したけど、初速は上々。確認しとけ]
メッセージにはURLが添付されている。それをタップすると、クロックロックのページに飛んだ。
昼休みに先輩と僕が一緒に撮った動画が投稿されている。その動画には先輩が書いた文章も投稿されていた。
みんながリクしてくれてたの撮ったよ!
高校の後輩、白雪くん(俺命名)と初クロックロック。
なんか可愛くね?笑笑
#男子高校生 #Jun #白雪
動画にはすでにたくさんのハート(イイネだっけ? スキだっけ?)がついていて、コメントも50件ほど書かれていた。今僕が見ている間にもそれはどんどん増えていく。
[Junはかっこいいし、白雪くんはかわいいし最高!]
[白雪くん、噂になってるのに見れなくて寂しかったから嬉しい~。ほんとJunくんって優しいよね]
[尊すぎ! 絶対またコラボして♡]
どのコメントもすごい熱量で、見ているだけで圧倒される。北条先輩へのコメントはいいとして、自分のこともたくさん書かれていて恥ずかしいようなむず痒いような怖いような、複雑な感じだった。僕は先輩にメッセージを返す。
[見ました。色々コメント来ててなんかすごいです]
[俺の狙い通りってやつ。白雪を見たときからこうなると思ってた]
ふと気になる。僕を見たときっていったいいつからだ?
[先輩、僕のことはバイト先で初めて知ったんですよね?]
[なわけない。高校で見かけて、クラス特定して、それでお前のクラスのやつにバイト先聞いた]
[こわっ。ストーカー]
[ばかやろ。誰がストーカーじゃ]
いけない、つい雇用主にストーカーなんて言ってしまった。だけど、今日一日気が張ってたからだろうか。北条先輩との何気ない会話で、ちょっとだけ心安らいでいる自分がいるのがわかる。先輩と僕はまったく住んでいる世界が違うのに、不思議だ。既読のついた画面を眺めていると、続けて先輩からメッセージが届いた。
[ちょっと動画の再生数が伸び悩んでたから、起爆剤を考えてたんだよ。お前平然と断ってたけど、俺と動画撮れるってマジですごいことだからな。ほかのやつは逆に金払ってコラボ依頼してくるんだぞ]
[そうなんですか]
[うわ、興味なさそう。というか、今日の2本だけじゃなくて継続的に依頼したいんだけどいいか?]
したいかどうかで言えばしたくないが……今、断る余裕はなかった。
[ありがたいです。お願いします]
[よっしゃ。お前、いつ空いてんの?]
[明日の放課後は用事あるんでダメです。部活はしていないんで、基本的に平日の昼休みとか放課後なら大丈夫だと思います。ただ、ご存じの通り白雪でバイトしてるんで。土日は8時間フルで入ってるのでその時間以外なら]
文字で書くのが面倒になって、僕は先輩に今月のシフト表の写真を送る。
[白雪、バイトしすぎだろ]
[すみません]
[謝ることじゃねーけど。まぁいいや。とりあえず、明日また昼休み話そうぜ]
[はい、ありがとうございます]
メッセージを送ると僕はスマホをスリープにした。
今日先輩と話してわかったけれど、人気者でお金持ちなわりに、ずいぶんと気さくに話しかけてくれる人だった。人当たりが良くないと、インフルエンサーなんかできないのかもしれないけど。ほっと一息ついたらお腹が空いてきた。軽くなにか食べて、シャワーをして寝よう。台所に立つと、小さな子どもの笑い声が聞こえてくる。同じアパートの子どもだろうか。同じ場所に住んでいても、それぞれの部屋の明るさはきっと違うのだろうな、なんてことを思った。
家に着いてすぐにキャリーバッグを開けると、ポピーは飛び出るようにしてケージの方に向かい、自分の体をぺろぺろと舐め始めた。点滴をしたおかげか、少し元気が出たように見える。
「おかえり、どうだった?」
布団から起き上がってきた母さんに獣医の先生からの話を伝えると、頬に手を当てるようにして困っていた。
「慢性腎不全だったら大変な病気よね。毎月の治療費もかかるだろうし……」
「うん。そうだよ、ね……」
僕も何も知らないわけじゃない。通院はもちろん、薬も必要になるだろうしポピーの状態に合わせたエサだっているかもしれない。なにかの支援制度を受けようにも、貧乏な母子家庭のための猫の飼育支援なんてものはない。
「僕さ、バイト増やそうと思う」
「でも海斗、今でもシフト多いんじゃない?」
「もうちょっとなら増やしても大丈夫。それをポピーの治療費に使うよ」
「そう……無理はしないでね」
「うん、ありがとう」
どこか他人事の母さんに少しだけモヤッとする。だけど、今のうちの状況で確実に収入を増やすなら僕が頑張るしかなかった。それはもう、わかりきっていることなのだ。
ため息を我慢していると、カリッ……という小さな音が聞こえる。
ポピーが餌を食べているんだ。そのことが、無性に嬉しい。
その時、自分のスマホに通知が届いているのに気づいた。北条先輩だ。
[お疲れ。さっそく投稿したけど、初速は上々。確認しとけ]
メッセージにはURLが添付されている。それをタップすると、クロックロックのページに飛んだ。
昼休みに先輩と僕が一緒に撮った動画が投稿されている。その動画には先輩が書いた文章も投稿されていた。
みんながリクしてくれてたの撮ったよ!
高校の後輩、白雪くん(俺命名)と初クロックロック。
なんか可愛くね?笑笑
#男子高校生 #Jun #白雪
動画にはすでにたくさんのハート(イイネだっけ? スキだっけ?)がついていて、コメントも50件ほど書かれていた。今僕が見ている間にもそれはどんどん増えていく。
[Junはかっこいいし、白雪くんはかわいいし最高!]
[白雪くん、噂になってるのに見れなくて寂しかったから嬉しい~。ほんとJunくんって優しいよね]
[尊すぎ! 絶対またコラボして♡]
どのコメントもすごい熱量で、見ているだけで圧倒される。北条先輩へのコメントはいいとして、自分のこともたくさん書かれていて恥ずかしいようなむず痒いような怖いような、複雑な感じだった。僕は先輩にメッセージを返す。
[見ました。色々コメント来ててなんかすごいです]
[俺の狙い通りってやつ。白雪を見たときからこうなると思ってた]
ふと気になる。僕を見たときっていったいいつからだ?
[先輩、僕のことはバイト先で初めて知ったんですよね?]
[なわけない。高校で見かけて、クラス特定して、それでお前のクラスのやつにバイト先聞いた]
[こわっ。ストーカー]
[ばかやろ。誰がストーカーじゃ]
いけない、つい雇用主にストーカーなんて言ってしまった。だけど、今日一日気が張ってたからだろうか。北条先輩との何気ない会話で、ちょっとだけ心安らいでいる自分がいるのがわかる。先輩と僕はまったく住んでいる世界が違うのに、不思議だ。既読のついた画面を眺めていると、続けて先輩からメッセージが届いた。
[ちょっと動画の再生数が伸び悩んでたから、起爆剤を考えてたんだよ。お前平然と断ってたけど、俺と動画撮れるってマジですごいことだからな。ほかのやつは逆に金払ってコラボ依頼してくるんだぞ]
[そうなんですか]
[うわ、興味なさそう。というか、今日の2本だけじゃなくて継続的に依頼したいんだけどいいか?]
したいかどうかで言えばしたくないが……今、断る余裕はなかった。
[ありがたいです。お願いします]
[よっしゃ。お前、いつ空いてんの?]
[明日の放課後は用事あるんでダメです。部活はしていないんで、基本的に平日の昼休みとか放課後なら大丈夫だと思います。ただ、ご存じの通り白雪でバイトしてるんで。土日は8時間フルで入ってるのでその時間以外なら]
文字で書くのが面倒になって、僕は先輩に今月のシフト表の写真を送る。
[白雪、バイトしすぎだろ]
[すみません]
[謝ることじゃねーけど。まぁいいや。とりあえず、明日また昼休み話そうぜ]
[はい、ありがとうございます]
メッセージを送ると僕はスマホをスリープにした。
今日先輩と話してわかったけれど、人気者でお金持ちなわりに、ずいぶんと気さくに話しかけてくれる人だった。人当たりが良くないと、インフルエンサーなんかできないのかもしれないけど。ほっと一息ついたらお腹が空いてきた。軽くなにか食べて、シャワーをして寝よう。台所に立つと、小さな子どもの笑い声が聞こえてくる。同じアパートの子どもだろうか。同じ場所に住んでいても、それぞれの部屋の明るさはきっと違うのだろうな、なんてことを思った。