「慢性腎不全の可能性が高いでしょうね」

 ポピーを診てもらっている、いけの動物病院の先生は静かに話した。
 
「慢性……腎不全?」
「はい、これから詳しい検査もすすめますが、ポピーさんはもう高齢です。高齢の猫は、高い確率で腎臓の病気になるんです」
「……それって、治る病気なんですか?」
 
 先生は「んん……」と唸りながら返答を考えている。その2~3秒の時間が、とても長く思えた。

「――腎臓の機能は回復しません。治すのではなく、今残された機能を大切にしていくための治療と考えてください」

 先生の言葉を聞いて、頭が真っ白になる。
 先生の話の話を聞かなきゃいけないのに。
 意識を必死にこの診察室に留めるのだけど、聞いた言葉が理解できない。いや、理解したくないんだ。

「今、状態はあまりよくありません。脱水の様子もあるので、今日と明日病院で点滴しましょう。明日も来院は可能ですか?」
「は、はい。します。連れてきます」
「それじゃあ、今日は吐き気止めの注射と点滴をしますね」

 先生と看護師さんは協力してポピーを抱く。
 ポピーが高い声で鳴くので、僕はそばにいってポピーをなだめた。

「ポピー、ちょっとの我慢だからな。ごめんな」

 ポピー、いつから調子が悪かったんだろう。痛い思いさせてごめんな。気づかなくてごめんな。
 頭を優しく撫でる。ポピーは暴れる体力も残っていないのか、それとも先生たちの保定がうまいのか……何度も鳴くだけで暴れることはしなかった。

 人間の点滴とは違い、ゆっくりとした点滴ではない。
 注射と点滴を合わせても、10分もかからなかった。

「大人しくて、いい子ですねポピーちゃんは」
「はい、そうなんです。いつも家でも大人しくて、本当に野良猫だったのかって思うくらいで」

 看護師さんの何気ない世間話に返事をした瞬間、ぽろりと涙がこぼれた。

「あれ、なんでだろ。すみません……」

 看護師さんは一瞬驚いていたが「突然だからびっくりしたよね」と優しい言葉をかけてくれた。

「ポピー、元気になるでしょうか」
「……それはまだわからないの。検査をして、結果に合わせた治療をしないとね」

 先生や看護師さんも、気休めに「治りますよ」とは決して言わない。
 いくら僕が、その言葉が欲しくても。

「それじゃあ、また明日ね」
「……はい。ありがとうございました」

 僕はポピーをキャリーバッグに入れて、診察室を出た。
 この日の治療費は9,760円。もし今日と同じなら治療内容ならとりあえず明日も連れてこれる。

 今はただ、検査の結果が少しでも良くなることを願うしかなかった。