年季の入ったアパート。その五階の一室が僕の家だ。
 うるさい音がする鉄扉を開け、ゆっくり閉めると部屋の奥から「おかえり」と母さんの声がした。
 
「ただいま。もう帰ってたんだ」
「うん。ちょっと調子が悪かったから早く帰らせてもらった。ご飯、ラップしてあるから」
「ありがと」

 僕の母さんは身体が強くない。頻繁に体調を崩し、風邪をひいてしまう。
 虚弱体質のせいもあって正社員やフルタイムで働くことが難しいのだ。
 今は清掃のパートをしているが、ここもいつまで働けるか……。
 
 母子家庭の生活は裕福とは程遠い。体の弱い母と子ひとりでは限界がある。
 ……と、忘れちゃだめだ。うちにはポピーもいる。そう言えば、いつもは玄関まで迎えに来るのに。

 ポピーは母さんが拾ってきたサビ猫だ。
 自分の家の生活もままならないのに、ガリガリの捨て猫を拾ってくる母さんのお人好しには呆れてしまう。
 自分たちの生活だけでもギリギリだってのに。
 でも、今となっては母さんのお人好しにも感謝している。
 ポピーとはもう三年間も一緒に暮らしていて、あの愛くるしい姿には僕も何度も癒され、励まされてきた。
 
「おーい、ポピー?」

 返事がない。ポピーがいつもいる場所にはいなくて、珍しくケージの中で静かに眠っていた。
 そこでふと、違和感を覚える。
 いつもしっかり食べている餌が減っていない。
 ケージの近くも汚れていて、なにかを吐いた様子がある。毛玉……ではない。

「ポピー、調子悪いのか?」

 ポピーをそっと撫でると、うっすらと目をあけてこちらを見た。だけど、起き上がることはしない。
 胸騒ぎがする。いつものポピーの様子じゃ、ない。

 どうしよう。動物病院に……ってかかりつけのところは、もう閉まってるから無理か。

 とりあえず、もう少し様子を見ることにしよう。
 ポピーの睡眠の邪魔をしないように吐いたものを片付けて、餌と水を新しいものに変えておく。
 
「食べれそうなら食べるんだぞ」

 小声で言うと、ポピーは耳を少しだけ動かした。
 バイトでヘトヘトだったはずなのに……この夜は、ずっとポピーの様子が気になって、なかなか寝付けなかった。