「ど、動画?」
「うん。俺の動画、見たことあるよな?」
 
 先輩は一歩僕に近づく。それだけで、先輩の顔がさっきよりはっきり見えた。
 見れば見るほど整った顔。印象的な目も、高い鼻も、薄い三日月のような唇も、一般人のそれとは違う。
 
「――Junって名前でインフルエンサーをしているのは知っています。クラスメイトがいつも先輩のこと話題にしてるんで。でも、動画は見たことありません」
「……マジ? 俺の動画見たことないの?」
「すみません。僕、動画自体ほとんど見ないので」
「……インスタとか、クロックロックのアプリは入れてる?」
「なんか名前は聞いたことあるような。お菓子かなにかの名前ですか?」
 
 僕がそう言うと、北条先輩の表情が固まる。
 
「……お前さ、今の時代すごく珍しい存在だと思うよ」
「そうなんですかね。動画ってほら、ギガ使うでしょ。僕のスマホ、ギガ使いすぎると料金高くなるやつなんです。月々のスマホ代は千円までって決めてますから」
「あ、ああ。なるほどな……?」
 
 北条先輩、絶対わかってないと思う。クラスメイトが言うにはインフルエンサーっていうのはけっこう儲かるらしい。……つまり、僕とは全く違う存在だ。うちは貧乏で、りんご飴をカットするためだけに100円を払う余裕なんか持ち合わせていない。じっと先輩を見つめていると、先輩は「話を戻すけど」と指をパチンと鳴らして空気を変えた。

「俺の動画に出ない? お前と動画撮ったらバズると思うんだよな」
「すみません、そういうのよくわからないんで」
「もちろんタダとは言わない。バイト代としてショート動画1本につき1万円支払う。拘束時間は長くて3時間くらいはもらうかもだけど」
「いちまっ……!?」
 
 3時間で1万なら時給3333円? そんなバイトがあるならやりたいけど。
 驚く僕の反応を見て、先輩はうっすら笑みを浮かべた。
 
「悪い話じゃないだろ? お前がバイトしているところの時給も調べたけど、今よりよっぽど稼げるはずだし」
 
 先輩の言うことは間違っていない。
 なのに……なぜだろう。先輩に対して、嫌な感情が芽生えている。
 貧乏人の自分のことを、見透かされているみたいで。
 
「……お金を払えば、僕が言うことを聞くと思いましたか?」
「いや、そういうつもりじゃ――」
「すみませんが、お断りします」
 
 僕は先輩の制止を振り切り、自転車に飛び乗った。
 お金は欲しい。そのために高校に通いながらも、せっせとアルバイトもしている。
 だからといって、お金のためだけに嫌な思いや、惨めな思いはしたくない。
 今の収入だけでも、どうにか生活はできているんだから。

 時給3333円が何度も頭をよぎったが、もう振り返らなかった。
 だいたい、あんな超イケメンの動画に僕みたいな一般人が出てどうなるんだよ。うまい話に騙されるな。海斗。
 
 ぐんとペダルを踏みこむと、さっきより冷たい夜の風が、頬を冷やしていった。