クリスマスイブのイブ。息も白む季節になっていた。
夏はあんなにも暑い日が続いたというのに、暖冬になっているという感じは全くない。
僕は冷たくなった手を擦り合わせながら、昇降口で先輩を待っていた。
……蓮と。
「いやぁ、まさか北条先輩とお近づきになれるなんて! やっぱり持つべきものは友達だよなぁ」
「蓮のこと話したら先輩から連れてきてって言われただけだし、別に僕はなにもしてないよ」
「いやいや、海斗がいなきゃそんな奇跡起きてないって!」
蓮は相変わらず柴犬みたいな顔で豪快に笑う。
牧宮たちとのトラブルがあってから、教室の雰囲気は変わった。
牧宮たち1軍グループは先輩の影に怯えて僕に関わってこなくなった。それは快適でいいんだけど、ほかのクラスメイトとの距離も少し空いてしまったのだ。〝白雪〟が有名になったころみたいにズケズケと近づかれても気味が悪いが、これもこれで居心地は良くない。今の1年1組で僕に変わらず構うのは、本当に蓮だけなのだ。
先輩の動画に出るバイトはあのあとも色々話し合い、僕の動画を出すのは週に1回までにするということで落ち着いた。前のように頻繁に出るとトラブルも生まれやすい。話題になりつつちょうどいいバランスを探って、こういう形になった。週1回の撮影で月4万円。りんご飴の白雪のバイトと合わせると、生活費とポピーの治療費はどうにか稼げている。
先輩はショート動画を毎日投稿に切り替えたらしく、毎日忙しそうにしている。
それなのに、今日は蓮のために時間を作ったらしい。
意図はわからないけど先輩にはいつもお世話になっているし、断ろうとは思わなかった。
「あ、北条先輩! ちっす!」
僕が気づくより先に、蓮は先輩を見つけて勢いよく頭を下げた。
「お待たせ。白雪、待たせたか?」
「いえ、全然。こいつが前に話してた天野蓮です」
「おー、蓮くんね。よろしく」
「は、はい! いつも動画見てて、フォローもチャンネル登録もしてて!」
珍しく蓮は緊張している様子だったが、やはり蓮は蓮。緊張しながらも先輩との距離をぐいぐい詰めていた。
先輩はそれに特に驚くこともなく、蓮と会話を続けている。
コミュニケーション能力に長けたふたりの会話を聞いていると、僕はいつもふたりに助けられながら話しているんだなーというのがよくわかった。
「これからどういう予定ですか?」
「学校じゃ人の目があるし、どっか喫茶店でも行こうぜ」
これはやばい。
「喫茶店よりもファミレスいきましょう」
僕はどうにか間に入る。高校近くの喫茶店はコーヒーだけでも460円する。
ファミレスならドリンクバー単品で260円。200円もお得だ。
先輩がこそっと耳打ちしてくる。
「金の事気にしてんのか? 俺が出すから気にすんなよ」
「蓮もいるのにそういうわけにはいかないでしょ。だいたい仕事でもないときに奢られるのは嫌です」
先輩を肘で跳ねのけて、僕は連に話す。
「ファミレスでいいよね?」
「……? オレはなんでもいいけど」
蓮は電車通学なので、徒歩で最寄りのファミレスに向かう。
今思えば、蓮と学校の外に出かけたりするのは初めてだった。
明日はクリスマスだけあって、街並みはクリスマス一色。
田舎の小さな商店街でもクリスマスツリーは出しているし、控え目だけどイルミネーションもある。蓮は目を輝かせていた。
「こういうの、いいよなぁ。オレさ、クリスマスの雰囲気ってめちゃ好き。なんだかワクワクしてくる」
「そう? 綺麗とは思うけど、僕はワクワクはしない」
クリスマスに、特にいい思い出もないし。
同い年の子がクリスマスプレゼントはなにをもらっただの盛り上がっている話題に、混ざれたことがない。僕はクリスマスプレゼントをもらえない子どもだった。きっと自分が悪い子だからサンタさんは来ないんだな、なんて悩んでいたっけ。
金がないだけだっての。
「海斗って見た目のわりにドライだよな~。先輩はどうですか?」
「映える場所が増えるし、限定スイーツもたくさん出て動画のネタに困らないから助かる」
「うわ~、インフルエンサーならではのあるあるだ」
他愛もない話をしているとすぐにファミレスに着いた。
ファミレスの前には空気で膨らますタイプの大きなサンタが飾られていた。
控え目なサンタのコスプレをした店員に案内され、テーブル席に座りドリンクバーを人数分頼んだ。
先輩はメニューを開き、僕にデザートのページを見せる。
「白雪、ケーキは?」
「いらないです」
「パフェあるぞ」
「いらないって」
そんな僕たちの会話を聞いて、蓮は吹き出す。
「ふたりって本当に仲いいんですね」
「ああ」
ためらいもなく即答する先輩。それがなんだかこそばゆくって、嬉しくなるような。
「僕、飲み物取ってきますね」
僕は蓮に返事はせず、ドリンクバーに飲み物を取りに行く。
ふたりもそれについてきて、みんな温かい飲み物をそれぞれ淹れた。
席に戻ると、先輩はコホンと小さく咳をして話し始めた。
「で、今日時間をとってもらったのは聞きたいことがあったからだ。単刀直入に聞く。蓮、白雪はクラスで浮いてたりしないか?」
「……はい?」
その質問に、僕の頭はクエスチョンマークで埋まる。
「それってどういう意味っすか?」
さすがの蓮も先輩の気持ちが推し量れないのか、質問を返す。
先輩はやれやれと言ったように頭を振り、説明してくれた。
「前にきのこ頭のやつらと揉め事があっただろ。それから動画の頻度を落としたりしたけど、どうなってるか気になってな。白雪ってなにかあっても我慢するだろうし、強がるところがあるように俺は思ってんの。今後あのきのこ頭みたいなやつが現れたときに、すぐに対処できるようにしたい。そこで、白雪と仲が良いと言っているお前と繋がろうって判断したわけだ」
先輩のあまりの過保護ぶりに言葉が出てこない。
蓮は蓮で「海斗、オレのこと仲良しって先輩に話してたんだ?」とニヤニヤしている。
なんかもう、居心地悪い!!
さっきまで凍えてたはずの指先が熱くなってくる。
「で、どうなの? クラスでいじめられたりしてない? 友達が減ったとかないか?」
「ないっすね。というか、もともと海斗ってオレくらいしかまともに話さないし。多少ほかの生徒がよそよそしくなったくらいで、そんなに支障ないと思いますよ。人と積極的に交流するタイプじゃないし」
「ああ、それはわかる」
「わからないでください」
目の前で自分の分析がされている。僕のツッコミを無視してふたりは早々に連絡先を交換していた。
「蓮、インスタやクロックロックはしてねーの?」
「してます! てかオレ先輩のことフォローしてますし。いつも動画見てイイネしてますし」
「サンキュ。迷惑じゃなければフォロバする。今日のお礼になるかはわかんねーけど」
「なります! してください!」
フォロバ……たしかフォローを返すことだったかな。もう僕は蚊帳の外だったので、ドリンクバーの元を取るために二杯目のココアを淹れにいったのだった。
「それにしても、やっぱり海斗って北条先輩にとって特別なんだな」
思い出したかのように僕に話題を振ってくれた海斗に「なにが?」と聞く。
「だって、わざわざオレと会うくらいに心配してくれてるし。なんか嫉妬しちゃうかも」
「バカなこと言うな」
つんと言ってのけると、蓮はへへっと笑った。
「半分は本気かも。でもオレさ、海斗も北条先輩もどっちも好きだからなぁ。複雑」
「ふーん、ありがと」
誰にでも好き好き言ってたら勘違いされるぞ、と思う。
その後、蓮にお願いされて三人で写真を撮った。
動画はダメだけど、一時的な投稿(ストーリー?だとか)ならいいと先輩も言ってくれたしね。
たっぷりと二時間ファミレスで話して、解散した。
ドリンクバーの240円、充分に元は取れただろう。
「ただいま」
家に帰る。外の温度とそう変わらない冷たい部屋で、ポピーが動いた鈴の音がちりんと鳴る。
この前買ってあげた、猫用の小さなこたつからポピーがひょっこり顔を出した。
「調子はどう?」
返事はなく、僕の顔を見たらすぐにまた、こたつの中に戻っていく。
餌は……ほとんど食べていないか。
本格的な冬が近づくにつれ、ポピーの体の調子は悪くなってきていた。
食欲は減り、餌を工夫してもあまり食べなくなってきている。口内炎もできているから、食べると痛いのかもしれない。水だけを飲んでいるような状況だ。動物病院が年末の休みに入る前に、一度相談に行くべきだろうな、と思う。
明日からは冬休み。必要ならりんご飴の白雪のバイトも増やせるし、お金は大丈夫……なはずだ。
古くなったエサを捨てて、水を新しいものに替えていると母さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
「海斗、ごめんね。今日はもう疲れてご飯作る気力もなくって……またお局が嫌味言ってきたのよ」
「大変だったね。いいよ、僕が作るから。」
「そう……? ありがとう」
猫も人も同じ。寒くなると体調を崩しやすくなる。
母さんは清掃の仕事をまだ続けているけど、職場の人との関係が悪いらしく、愚痴も増えてきている。
僕は冷蔵庫を見て、献立を考える。野菜炒めと味噌汁でいいよな。
母さんは流しで手を洗ったあと、ゴミ箱に捨てたポピーの餌をじっと見た。
「ねぇ、これって変える必要あるの? もったいなくない?」
「ポピーがご飯のせいでお腹くだしたら大変だから。病気の進行でお腹壊すこともあるらしいし、他の原因はできるだけ取り除きたいんだよ」
「冬だし大丈夫じゃないの? 高い餌だって言ってたわよね?」
「そうだけど、痛まないとか限らないでしょ」
「もったいないなぁ。私のご飯より高いのに」
――正直むかっとする。この餌を買っているのは僕だし、ポピーは病気なんだから仕方ないじゃないか。
母さんは仕事で嫌なことがあると不機嫌になる。黙っているような不機嫌ならまだマシな方で、細かい嫌味をちくちくと言ってくるタイプだった。相手にしちゃいけない。
「……野菜炒めと味噌汁作るね。できたら呼ぶから」
母さんの体が弱いのもわかる。ストレスがたまるのもわかる。だけど苛ついてしまうこともあって、何となく自分が嫌になる。気分がふさぎこんでしまうから、部屋で寝ていてくれた方がマシだ。それなのに、今日はすぐに部屋には入らず、僕の手元を見ている。
「明日はバイトなの?」
「うん、そうだけど」
「またあの先輩のバイト?」
牧宮の件があったので、母さんには先輩の動画の手伝いをして、お金をもらっていることを説明していた。
「違うよ。りんご飴の方。クリスマス期間限定フレーバーも出るから、忙しくなると思う」
「忙しいのはいいことよね」
含んだ言い方が気になる。何か言いたいことがあるなら言えばいいのに。
「あのさ、何か気になるなら言って」
「いや、母さんはいいんだけど。今日仕事先で言われたのよね。ほら、今の清掃の仕事で、海斗の同級生だった佐藤くんのお母さんがいてさ、海斗が出てる動画も見ていたらしいの」
「うん、それが?」
佐藤ってどの佐藤だよ、と思っても話の確信から遠ざかりそうなので言わない。どの佐藤とも仲が良いわけじゃなかったし。話を聞きながら、まな板に乗せたキャベツを切る。
ザクッ、ザクッ、ザクッ。ザクッ、ザクッ。ザクッ。
心が落ち着くように、ちゃんと母さんの話を聞けるように。
「それで〝Junと海斗くんってそういう関係なの?〟って聞かれたの」
「――そういう関係ってなに?」
「なんかすごく仲良くて、ファンの子達もそういう話で盛り上がってるわよって。その、ホモっていうのかな」
ザクッ。
「たしかにそういうコメントで盛り上がる人もいるね。男ふたりで出してる動画なんて、同じようなコメント絶対あるらしいから、気にしなくていいよ」
「そういうものなの? 私、流行に疎いから」
「大丈夫だから。それに先輩にはいっぱい助けてもらってるし」
「ねぇ、動画の手伝いやめたら?」
ザクッ。
「母さんの世間体を悪くしたなら謝るけど」
「別に私のことはどうでもよくて――」
「どうでもいいなら言わなくていいんじゃない?」
腹が立つ。それなら僕がバイトなんてしなくていいように支えてくれよ。
語気が強くなったのが伝わってしまって、母さんが嫌な顔をしているのがわかる。
「……ごめん」
「ううん、私が悪いから」
謝らせたかったわけじゃない。だけど、先輩との関係を母さんに否定されたのが、どうしようもなく苛立って、悲しくて、悔しかった。すでにキャベツはいつもより細かくなってしまっていて、切ることはもうできなくなっていた。
夏はあんなにも暑い日が続いたというのに、暖冬になっているという感じは全くない。
僕は冷たくなった手を擦り合わせながら、昇降口で先輩を待っていた。
……蓮と。
「いやぁ、まさか北条先輩とお近づきになれるなんて! やっぱり持つべきものは友達だよなぁ」
「蓮のこと話したら先輩から連れてきてって言われただけだし、別に僕はなにもしてないよ」
「いやいや、海斗がいなきゃそんな奇跡起きてないって!」
蓮は相変わらず柴犬みたいな顔で豪快に笑う。
牧宮たちとのトラブルがあってから、教室の雰囲気は変わった。
牧宮たち1軍グループは先輩の影に怯えて僕に関わってこなくなった。それは快適でいいんだけど、ほかのクラスメイトとの距離も少し空いてしまったのだ。〝白雪〟が有名になったころみたいにズケズケと近づかれても気味が悪いが、これもこれで居心地は良くない。今の1年1組で僕に変わらず構うのは、本当に蓮だけなのだ。
先輩の動画に出るバイトはあのあとも色々話し合い、僕の動画を出すのは週に1回までにするということで落ち着いた。前のように頻繁に出るとトラブルも生まれやすい。話題になりつつちょうどいいバランスを探って、こういう形になった。週1回の撮影で月4万円。りんご飴の白雪のバイトと合わせると、生活費とポピーの治療費はどうにか稼げている。
先輩はショート動画を毎日投稿に切り替えたらしく、毎日忙しそうにしている。
それなのに、今日は蓮のために時間を作ったらしい。
意図はわからないけど先輩にはいつもお世話になっているし、断ろうとは思わなかった。
「あ、北条先輩! ちっす!」
僕が気づくより先に、蓮は先輩を見つけて勢いよく頭を下げた。
「お待たせ。白雪、待たせたか?」
「いえ、全然。こいつが前に話してた天野蓮です」
「おー、蓮くんね。よろしく」
「は、はい! いつも動画見てて、フォローもチャンネル登録もしてて!」
珍しく蓮は緊張している様子だったが、やはり蓮は蓮。緊張しながらも先輩との距離をぐいぐい詰めていた。
先輩はそれに特に驚くこともなく、蓮と会話を続けている。
コミュニケーション能力に長けたふたりの会話を聞いていると、僕はいつもふたりに助けられながら話しているんだなーというのがよくわかった。
「これからどういう予定ですか?」
「学校じゃ人の目があるし、どっか喫茶店でも行こうぜ」
これはやばい。
「喫茶店よりもファミレスいきましょう」
僕はどうにか間に入る。高校近くの喫茶店はコーヒーだけでも460円する。
ファミレスならドリンクバー単品で260円。200円もお得だ。
先輩がこそっと耳打ちしてくる。
「金の事気にしてんのか? 俺が出すから気にすんなよ」
「蓮もいるのにそういうわけにはいかないでしょ。だいたい仕事でもないときに奢られるのは嫌です」
先輩を肘で跳ねのけて、僕は連に話す。
「ファミレスでいいよね?」
「……? オレはなんでもいいけど」
蓮は電車通学なので、徒歩で最寄りのファミレスに向かう。
今思えば、蓮と学校の外に出かけたりするのは初めてだった。
明日はクリスマスだけあって、街並みはクリスマス一色。
田舎の小さな商店街でもクリスマスツリーは出しているし、控え目だけどイルミネーションもある。蓮は目を輝かせていた。
「こういうの、いいよなぁ。オレさ、クリスマスの雰囲気ってめちゃ好き。なんだかワクワクしてくる」
「そう? 綺麗とは思うけど、僕はワクワクはしない」
クリスマスに、特にいい思い出もないし。
同い年の子がクリスマスプレゼントはなにをもらっただの盛り上がっている話題に、混ざれたことがない。僕はクリスマスプレゼントをもらえない子どもだった。きっと自分が悪い子だからサンタさんは来ないんだな、なんて悩んでいたっけ。
金がないだけだっての。
「海斗って見た目のわりにドライだよな~。先輩はどうですか?」
「映える場所が増えるし、限定スイーツもたくさん出て動画のネタに困らないから助かる」
「うわ~、インフルエンサーならではのあるあるだ」
他愛もない話をしているとすぐにファミレスに着いた。
ファミレスの前には空気で膨らますタイプの大きなサンタが飾られていた。
控え目なサンタのコスプレをした店員に案内され、テーブル席に座りドリンクバーを人数分頼んだ。
先輩はメニューを開き、僕にデザートのページを見せる。
「白雪、ケーキは?」
「いらないです」
「パフェあるぞ」
「いらないって」
そんな僕たちの会話を聞いて、蓮は吹き出す。
「ふたりって本当に仲いいんですね」
「ああ」
ためらいもなく即答する先輩。それがなんだかこそばゆくって、嬉しくなるような。
「僕、飲み物取ってきますね」
僕は蓮に返事はせず、ドリンクバーに飲み物を取りに行く。
ふたりもそれについてきて、みんな温かい飲み物をそれぞれ淹れた。
席に戻ると、先輩はコホンと小さく咳をして話し始めた。
「で、今日時間をとってもらったのは聞きたいことがあったからだ。単刀直入に聞く。蓮、白雪はクラスで浮いてたりしないか?」
「……はい?」
その質問に、僕の頭はクエスチョンマークで埋まる。
「それってどういう意味っすか?」
さすがの蓮も先輩の気持ちが推し量れないのか、質問を返す。
先輩はやれやれと言ったように頭を振り、説明してくれた。
「前にきのこ頭のやつらと揉め事があっただろ。それから動画の頻度を落としたりしたけど、どうなってるか気になってな。白雪ってなにかあっても我慢するだろうし、強がるところがあるように俺は思ってんの。今後あのきのこ頭みたいなやつが現れたときに、すぐに対処できるようにしたい。そこで、白雪と仲が良いと言っているお前と繋がろうって判断したわけだ」
先輩のあまりの過保護ぶりに言葉が出てこない。
蓮は蓮で「海斗、オレのこと仲良しって先輩に話してたんだ?」とニヤニヤしている。
なんかもう、居心地悪い!!
さっきまで凍えてたはずの指先が熱くなってくる。
「で、どうなの? クラスでいじめられたりしてない? 友達が減ったとかないか?」
「ないっすね。というか、もともと海斗ってオレくらいしかまともに話さないし。多少ほかの生徒がよそよそしくなったくらいで、そんなに支障ないと思いますよ。人と積極的に交流するタイプじゃないし」
「ああ、それはわかる」
「わからないでください」
目の前で自分の分析がされている。僕のツッコミを無視してふたりは早々に連絡先を交換していた。
「蓮、インスタやクロックロックはしてねーの?」
「してます! てかオレ先輩のことフォローしてますし。いつも動画見てイイネしてますし」
「サンキュ。迷惑じゃなければフォロバする。今日のお礼になるかはわかんねーけど」
「なります! してください!」
フォロバ……たしかフォローを返すことだったかな。もう僕は蚊帳の外だったので、ドリンクバーの元を取るために二杯目のココアを淹れにいったのだった。
「それにしても、やっぱり海斗って北条先輩にとって特別なんだな」
思い出したかのように僕に話題を振ってくれた海斗に「なにが?」と聞く。
「だって、わざわざオレと会うくらいに心配してくれてるし。なんか嫉妬しちゃうかも」
「バカなこと言うな」
つんと言ってのけると、蓮はへへっと笑った。
「半分は本気かも。でもオレさ、海斗も北条先輩もどっちも好きだからなぁ。複雑」
「ふーん、ありがと」
誰にでも好き好き言ってたら勘違いされるぞ、と思う。
その後、蓮にお願いされて三人で写真を撮った。
動画はダメだけど、一時的な投稿(ストーリー?だとか)ならいいと先輩も言ってくれたしね。
たっぷりと二時間ファミレスで話して、解散した。
ドリンクバーの240円、充分に元は取れただろう。
「ただいま」
家に帰る。外の温度とそう変わらない冷たい部屋で、ポピーが動いた鈴の音がちりんと鳴る。
この前買ってあげた、猫用の小さなこたつからポピーがひょっこり顔を出した。
「調子はどう?」
返事はなく、僕の顔を見たらすぐにまた、こたつの中に戻っていく。
餌は……ほとんど食べていないか。
本格的な冬が近づくにつれ、ポピーの体の調子は悪くなってきていた。
食欲は減り、餌を工夫してもあまり食べなくなってきている。口内炎もできているから、食べると痛いのかもしれない。水だけを飲んでいるような状況だ。動物病院が年末の休みに入る前に、一度相談に行くべきだろうな、と思う。
明日からは冬休み。必要ならりんご飴の白雪のバイトも増やせるし、お金は大丈夫……なはずだ。
古くなったエサを捨てて、水を新しいものに替えていると母さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
「海斗、ごめんね。今日はもう疲れてご飯作る気力もなくって……またお局が嫌味言ってきたのよ」
「大変だったね。いいよ、僕が作るから。」
「そう……? ありがとう」
猫も人も同じ。寒くなると体調を崩しやすくなる。
母さんは清掃の仕事をまだ続けているけど、職場の人との関係が悪いらしく、愚痴も増えてきている。
僕は冷蔵庫を見て、献立を考える。野菜炒めと味噌汁でいいよな。
母さんは流しで手を洗ったあと、ゴミ箱に捨てたポピーの餌をじっと見た。
「ねぇ、これって変える必要あるの? もったいなくない?」
「ポピーがご飯のせいでお腹くだしたら大変だから。病気の進行でお腹壊すこともあるらしいし、他の原因はできるだけ取り除きたいんだよ」
「冬だし大丈夫じゃないの? 高い餌だって言ってたわよね?」
「そうだけど、痛まないとか限らないでしょ」
「もったいないなぁ。私のご飯より高いのに」
――正直むかっとする。この餌を買っているのは僕だし、ポピーは病気なんだから仕方ないじゃないか。
母さんは仕事で嫌なことがあると不機嫌になる。黙っているような不機嫌ならまだマシな方で、細かい嫌味をちくちくと言ってくるタイプだった。相手にしちゃいけない。
「……野菜炒めと味噌汁作るね。できたら呼ぶから」
母さんの体が弱いのもわかる。ストレスがたまるのもわかる。だけど苛ついてしまうこともあって、何となく自分が嫌になる。気分がふさぎこんでしまうから、部屋で寝ていてくれた方がマシだ。それなのに、今日はすぐに部屋には入らず、僕の手元を見ている。
「明日はバイトなの?」
「うん、そうだけど」
「またあの先輩のバイト?」
牧宮の件があったので、母さんには先輩の動画の手伝いをして、お金をもらっていることを説明していた。
「違うよ。りんご飴の方。クリスマス期間限定フレーバーも出るから、忙しくなると思う」
「忙しいのはいいことよね」
含んだ言い方が気になる。何か言いたいことがあるなら言えばいいのに。
「あのさ、何か気になるなら言って」
「いや、母さんはいいんだけど。今日仕事先で言われたのよね。ほら、今の清掃の仕事で、海斗の同級生だった佐藤くんのお母さんがいてさ、海斗が出てる動画も見ていたらしいの」
「うん、それが?」
佐藤ってどの佐藤だよ、と思っても話の確信から遠ざかりそうなので言わない。どの佐藤とも仲が良いわけじゃなかったし。話を聞きながら、まな板に乗せたキャベツを切る。
ザクッ、ザクッ、ザクッ。ザクッ、ザクッ。ザクッ。
心が落ち着くように、ちゃんと母さんの話を聞けるように。
「それで〝Junと海斗くんってそういう関係なの?〟って聞かれたの」
「――そういう関係ってなに?」
「なんかすごく仲良くて、ファンの子達もそういう話で盛り上がってるわよって。その、ホモっていうのかな」
ザクッ。
「たしかにそういうコメントで盛り上がる人もいるね。男ふたりで出してる動画なんて、同じようなコメント絶対あるらしいから、気にしなくていいよ」
「そういうものなの? 私、流行に疎いから」
「大丈夫だから。それに先輩にはいっぱい助けてもらってるし」
「ねぇ、動画の手伝いやめたら?」
ザクッ。
「母さんの世間体を悪くしたなら謝るけど」
「別に私のことはどうでもよくて――」
「どうでもいいなら言わなくていいんじゃない?」
腹が立つ。それなら僕がバイトなんてしなくていいように支えてくれよ。
語気が強くなったのが伝わってしまって、母さんが嫌な顔をしているのがわかる。
「……ごめん」
「ううん、私が悪いから」
謝らせたかったわけじゃない。だけど、先輩との関係を母さんに否定されたのが、どうしようもなく苛立って、悲しくて、悔しかった。すでにキャベツはいつもより細かくなってしまっていて、切ることはもうできなくなっていた。