昼休みが始まってすぐに牧宮たちに注意しにいこうと思っていたのに、今日は日直だったことを忘れていた。
先生に頼まれていた仕事を追える頃には、すでに牧宮たちは教室にいなかった。
面倒だけど探すしかないか。たぶん、食堂や購買あたりでだべっているだろう。
僕の読みは当たって、購買の近くにある丸テーブルに座っている牧宮たちを見つけた。
男子も女子も混在する牧宮のグループはいつも5人で動いている。
男子は牧宮、小川、勝俣。女子は環貫と如月。
購買で買ったパンやらお菓子やらを広げて騒いでいる。ここはお前らの家か?
盗撮のことで腹が立っているので、いつもは気にならないことにまで苛立ってくる。
僕は深呼吸をして自分を落ち着かせてから、牧宮たちのもとへ向かった。
「悪い、ちょっといい?」
「海斗じゃん! どったの?」
「あ、動画撮る? 全然今時間大丈夫よー」
「お菓子もあるけどいる?」
僕の顔を見て、5人は無邪気に喜んで見せた。次々と投げかけられる質問には答えずに、僕は本題に入る。
「クロックロックにさ、僕の写真あげてない?」
そう言って、僕のスマホに表示させたmakki*777の投稿を見せる。
悪びれることもなく、牧宮は「載せたよ。それ、オレのアカウントだしフォローしてよ」と言う。
「あのさ、勝手に写真撮られて投稿されるの嫌なんだけど」
喋ると自分が思っていた以上に語気が強くなる。今の僕には余裕がなかった。
牧宮たちは僕の話していることが理解できないのか、目を見開いている。
「――はぁ? その投稿さ、けっこういいねもシェアもされてるっしょ。白雪の宣伝にもなってるのに、文句言われる筋合いなくね?」
「誰も頼んでない。はっきり言って迷惑」
「まぁまぁ。うちら友達じゃん。これから撮るときは言うからさ、それじゃだめ?」
不穏な空気を察したのか環貫が理解不能なフォローを入れてくるのが余計に腹が立った。
「友達じゃないでしょ。動画も撮るつもりない」
「そんなのズルくない? Jun先輩とは撮ってるのに?」
「ズルくない。とにかく、投稿も消して。本当に嫌だから」
牧宮たちのグループ全員が、僕を睨んでいるのがわかった。
だけど、こいつらに利用されるのはごめんだ。
「お前さ、ちょっとバズったから調子乗んなよ!」
キレた牧宮が勢いよく立ち上がる。座っていた椅子が大きな音を立てて倒れた。
周囲の目がいっせいにこちらを向く。
――やばいな。
こんな風に注目が集まると、牧宮たちみたいなのは自分に酔ってくるんだよ。
「調子になんか乗ってない。僕がお願いしていることは、なにもおかしくない。ネットリテラシーっていうの、中学の授業で習わなかった?」
できるだけ言葉を選んだつもりだった。だけど僕のこの言い方で、さらに牧宮たちは怒ってしまったようだ。テーブルの上に置いてあった菓子を思いきり跳ねのけて、小川と勝俣まで立ち上がってきた。
全員、僕より背が高いのでさすがに怯む。心拍数が上がってくる。
そんなときでさえどこか冷静な自分もいた。
性分なのかどうでもいいことが気になって仕方がない。
僕に怒るのはわかるとして、床に転がったお菓子やパンはお前らが買ったものじゃないか。
食べられなくなるのにもったいないことしちゃってさ。
今ならまだ拾えば食べられるか?
なんてバカなことを考えていたら、牧宮に胸ぐらを掴まれてしまった。きゅっと襟元が絞まって、苦しい。
「お前……ふざけんなよ。誰に向かって偉そうにしてんだよ」
牧宮は想像以上に力が強く、腕を振り払おうにもできない。
もがいている僕に苛ついたのか、襟ではなく直接首を掴んできた。
気道が物理的に締まる。喉ぼとけを奥に押し込まれていくような感覚。痛い。
「あーあ、マッキー怒らせたら怖いよぉ」
「やっちゃえやっちゃえ~」
こいつ興奮しすぎて、加減がまったくできてない。視界がチカチカしてくる。
やばい、苦しい。もしこのまま死んじゃったら、ポピーはどうなる。
海斗、しっかりしろ。こんなやつ蹴飛ばせ。
そう思うのに、緊張していた身体は、立つための力さえ入らなくなってきていた。
本当にやばい。無理。目の前が真っ白になっていく。
もうだめだ――と思った瞬間。
僕の首を絞めていたはず牧宮が、僕の視界から姿を消した。いや、正しくは飛んでいった。
誰かから思いきり殴られたらしい牧宮は、その拍子に僕から手を離す。
膝から崩れ落ちそうになった僕を支えてくれたのは、北条先輩だった。
体が早急に酸素を取り込もうする。
咳き込む僕の背中に、先輩の温かい手が触れる。
「……お前ら、白雪になにしてくれてんの?」
今まで聞いたことのない先輩の、冷たい声。
いつもの柔和な声音なんて、そこには欠片もなかった。
「じゅ、Jun先輩⁉」
先輩が来たことで余計に周囲の注目を浴びている。たぶん、牧宮たちにとっては悪い方向に。
先輩に飛ばされた牧宮も立ち上がってきたけれど、先輩の威圧感には対抗できないのか、バツが悪そうにしている。
「いや、これはちょっと白雪とふざけてただけで」
「……へぇ。それなら俺がお前に、同じようなことしてもかまわないんだよな?」
先輩は僕をそっと座らせると、素早く牧宮の首を捉えた。
そして、そのまま牧宮を壁に押し付ける。
「……あっ、がぁ、がっ!!」
「俺とも遊んでくれよ、きのこ頭」
そのあまりの殺気に、環貫と如月は短い悲鳴を漏らした。
牧宮が暴れるたびにゴツッゴツッという壁と頭がぶつかる鈍い音が周囲に響く。
牧宮を助けようとしたのか、勝俣と小川が先輩の元に向かう。しかし、呆気なくも片手と片足でどちらも制されてしまった。
小川はみぞおちに先輩の長い足が入ったようで、蹲って苦しんでいる。
「いいよなぁ。おふざけだもんな」
先輩は笑っているのに、目だけは猛獣のようにぎらついてた。
敵意を向けられていない僕まで心臓が凍り付くほどに。
――このままじゃ、危ない。
「先輩、やめてください!!」
僕は北条先輩を後ろから抱きしめる。
「僕はもう大丈夫ですから! これ以上はだめです!」
必死に呼びかける。先輩の全身から緊張がほどけていくのがわかった。
先輩の手は脱力し、牧宮は床に崩れ落ちていく。肩で息をしているけれど、大事にはなってなさそうだ。
良かった。うっとおしい奴だけど、先輩が牧宮を殺しちゃうのは嫌だ。
今、僕からは先輩がどんな表情をしているのかはわからない。
先輩は牧宮たちの顔をひとりひとりじっくりと見てから、ぽつりと呟いた。
「――白雪に謝れ」
また、周囲の空気が重く重くなっていく。
「おい、聞こえてんのか」
「ひっ……!」
「ご、ごめんなさい! すみませんでした!」
「すみません! マジ、ごめんなさい!」
牧宮と環貫たちは誰に向けているのかわからない謝罪を何度も繰り返し、逃げるようにこの場から離れてしまった。先輩は僕の方に顔を向ける。そのときには、いつもの先輩の顔があった。
「――大丈夫か? とりあえず病院に行くぞ」
「……自分は大丈夫です。それより、先輩こそ……」
「だめだ、病院に行く」
先輩は僕の返事を最後まで聞かずに、タクシーの手配を始めた。
騒ぎを聞きつけた教師たちがこちらに走ってくるのが見える。
大変なことになってしまった。先輩、停学とかにならないかな。そしたらインフルエンサーの活動にも支障が出るんじゃ……。そんな心配が頭を過る。絞められた首の痛みよりも、胸の奥に走るじんわりとした痛みが気になった。
先生に頼まれていた仕事を追える頃には、すでに牧宮たちは教室にいなかった。
面倒だけど探すしかないか。たぶん、食堂や購買あたりでだべっているだろう。
僕の読みは当たって、購買の近くにある丸テーブルに座っている牧宮たちを見つけた。
男子も女子も混在する牧宮のグループはいつも5人で動いている。
男子は牧宮、小川、勝俣。女子は環貫と如月。
購買で買ったパンやらお菓子やらを広げて騒いでいる。ここはお前らの家か?
盗撮のことで腹が立っているので、いつもは気にならないことにまで苛立ってくる。
僕は深呼吸をして自分を落ち着かせてから、牧宮たちのもとへ向かった。
「悪い、ちょっといい?」
「海斗じゃん! どったの?」
「あ、動画撮る? 全然今時間大丈夫よー」
「お菓子もあるけどいる?」
僕の顔を見て、5人は無邪気に喜んで見せた。次々と投げかけられる質問には答えずに、僕は本題に入る。
「クロックロックにさ、僕の写真あげてない?」
そう言って、僕のスマホに表示させたmakki*777の投稿を見せる。
悪びれることもなく、牧宮は「載せたよ。それ、オレのアカウントだしフォローしてよ」と言う。
「あのさ、勝手に写真撮られて投稿されるの嫌なんだけど」
喋ると自分が思っていた以上に語気が強くなる。今の僕には余裕がなかった。
牧宮たちは僕の話していることが理解できないのか、目を見開いている。
「――はぁ? その投稿さ、けっこういいねもシェアもされてるっしょ。白雪の宣伝にもなってるのに、文句言われる筋合いなくね?」
「誰も頼んでない。はっきり言って迷惑」
「まぁまぁ。うちら友達じゃん。これから撮るときは言うからさ、それじゃだめ?」
不穏な空気を察したのか環貫が理解不能なフォローを入れてくるのが余計に腹が立った。
「友達じゃないでしょ。動画も撮るつもりない」
「そんなのズルくない? Jun先輩とは撮ってるのに?」
「ズルくない。とにかく、投稿も消して。本当に嫌だから」
牧宮たちのグループ全員が、僕を睨んでいるのがわかった。
だけど、こいつらに利用されるのはごめんだ。
「お前さ、ちょっとバズったから調子乗んなよ!」
キレた牧宮が勢いよく立ち上がる。座っていた椅子が大きな音を立てて倒れた。
周囲の目がいっせいにこちらを向く。
――やばいな。
こんな風に注目が集まると、牧宮たちみたいなのは自分に酔ってくるんだよ。
「調子になんか乗ってない。僕がお願いしていることは、なにもおかしくない。ネットリテラシーっていうの、中学の授業で習わなかった?」
できるだけ言葉を選んだつもりだった。だけど僕のこの言い方で、さらに牧宮たちは怒ってしまったようだ。テーブルの上に置いてあった菓子を思いきり跳ねのけて、小川と勝俣まで立ち上がってきた。
全員、僕より背が高いのでさすがに怯む。心拍数が上がってくる。
そんなときでさえどこか冷静な自分もいた。
性分なのかどうでもいいことが気になって仕方がない。
僕に怒るのはわかるとして、床に転がったお菓子やパンはお前らが買ったものじゃないか。
食べられなくなるのにもったいないことしちゃってさ。
今ならまだ拾えば食べられるか?
なんてバカなことを考えていたら、牧宮に胸ぐらを掴まれてしまった。きゅっと襟元が絞まって、苦しい。
「お前……ふざけんなよ。誰に向かって偉そうにしてんだよ」
牧宮は想像以上に力が強く、腕を振り払おうにもできない。
もがいている僕に苛ついたのか、襟ではなく直接首を掴んできた。
気道が物理的に締まる。喉ぼとけを奥に押し込まれていくような感覚。痛い。
「あーあ、マッキー怒らせたら怖いよぉ」
「やっちゃえやっちゃえ~」
こいつ興奮しすぎて、加減がまったくできてない。視界がチカチカしてくる。
やばい、苦しい。もしこのまま死んじゃったら、ポピーはどうなる。
海斗、しっかりしろ。こんなやつ蹴飛ばせ。
そう思うのに、緊張していた身体は、立つための力さえ入らなくなってきていた。
本当にやばい。無理。目の前が真っ白になっていく。
もうだめだ――と思った瞬間。
僕の首を絞めていたはず牧宮が、僕の視界から姿を消した。いや、正しくは飛んでいった。
誰かから思いきり殴られたらしい牧宮は、その拍子に僕から手を離す。
膝から崩れ落ちそうになった僕を支えてくれたのは、北条先輩だった。
体が早急に酸素を取り込もうする。
咳き込む僕の背中に、先輩の温かい手が触れる。
「……お前ら、白雪になにしてくれてんの?」
今まで聞いたことのない先輩の、冷たい声。
いつもの柔和な声音なんて、そこには欠片もなかった。
「じゅ、Jun先輩⁉」
先輩が来たことで余計に周囲の注目を浴びている。たぶん、牧宮たちにとっては悪い方向に。
先輩に飛ばされた牧宮も立ち上がってきたけれど、先輩の威圧感には対抗できないのか、バツが悪そうにしている。
「いや、これはちょっと白雪とふざけてただけで」
「……へぇ。それなら俺がお前に、同じようなことしてもかまわないんだよな?」
先輩は僕をそっと座らせると、素早く牧宮の首を捉えた。
そして、そのまま牧宮を壁に押し付ける。
「……あっ、がぁ、がっ!!」
「俺とも遊んでくれよ、きのこ頭」
そのあまりの殺気に、環貫と如月は短い悲鳴を漏らした。
牧宮が暴れるたびにゴツッゴツッという壁と頭がぶつかる鈍い音が周囲に響く。
牧宮を助けようとしたのか、勝俣と小川が先輩の元に向かう。しかし、呆気なくも片手と片足でどちらも制されてしまった。
小川はみぞおちに先輩の長い足が入ったようで、蹲って苦しんでいる。
「いいよなぁ。おふざけだもんな」
先輩は笑っているのに、目だけは猛獣のようにぎらついてた。
敵意を向けられていない僕まで心臓が凍り付くほどに。
――このままじゃ、危ない。
「先輩、やめてください!!」
僕は北条先輩を後ろから抱きしめる。
「僕はもう大丈夫ですから! これ以上はだめです!」
必死に呼びかける。先輩の全身から緊張がほどけていくのがわかった。
先輩の手は脱力し、牧宮は床に崩れ落ちていく。肩で息をしているけれど、大事にはなってなさそうだ。
良かった。うっとおしい奴だけど、先輩が牧宮を殺しちゃうのは嫌だ。
今、僕からは先輩がどんな表情をしているのかはわからない。
先輩は牧宮たちの顔をひとりひとりじっくりと見てから、ぽつりと呟いた。
「――白雪に謝れ」
また、周囲の空気が重く重くなっていく。
「おい、聞こえてんのか」
「ひっ……!」
「ご、ごめんなさい! すみませんでした!」
「すみません! マジ、ごめんなさい!」
牧宮と環貫たちは誰に向けているのかわからない謝罪を何度も繰り返し、逃げるようにこの場から離れてしまった。先輩は僕の方に顔を向ける。そのときには、いつもの先輩の顔があった。
「――大丈夫か? とりあえず病院に行くぞ」
「……自分は大丈夫です。それより、先輩こそ……」
「だめだ、病院に行く」
先輩は僕の返事を最後まで聞かずに、タクシーの手配を始めた。
騒ぎを聞きつけた教師たちがこちらに走ってくるのが見える。
大変なことになってしまった。先輩、停学とかにならないかな。そしたらインフルエンサーの活動にも支障が出るんじゃ……。そんな心配が頭を過る。絞められた首の痛みよりも、胸の奥に走るじんわりとした痛みが気になった。