十月だというのに外はまだ夏日で、半袖の人も多い。
それなのに、その人は汗ひとつ浮かべることなく、澄ました顔で店内に入ってきた。
「りんご飴、エナジードリンク味ひとつ」
誰も頼まないだろうと思っていた新作のフレーバーを頼んだこの人を、僕は知っていた。
高校のひとつ上の先輩――北条純也。彼は見下ろすように僕を見ている。
身長は180センチ後半はあるだろう。僕より頭一つ分以上背が高い。高校生にしては大人びて見えるアップバングの前髪もあいまって、きつめの目がさらに鋭く見えた。
「――ありがとうございます。そのままでのご提供かカット、どちらにいたしましょうか?」
「カットで」
うわー、さすが北条先輩。うちのりんご飴の値段は丸ごとなら650円、カットなら750円になる。僕なら絶対カットにしない。家に帰ってから自分で切る。それだけで100円が浮くならしないはずがない。だけど、北条先輩が噂通りの人なら100円ぐらい気にしなさそうだもんな。
雑念を顔に出さないように気をつけながら、飴をまとったりんごを切る。ザクッザクッと心地いい音が店内に響く。そのたった少しの間に、店内が騒がしくなってきていた。北条先輩の存在に気づいた人がいるのだろう。店の外にも中にも、先輩を見ようとしている人が集まり始めている。僕がカットしたりんご飴をカップに入れるときには、ざわつきを感じ取った店長が奥から出てきていた。
「ちょっと海斗くん、なんかお客さん多くない? ……ってあのイケメンなに? 芸能人?」
「うちの高校の先輩です。僕のひとつ上で、高校二年生。人気のインフルエンサーだそうです。僕も近くで見たのは初めてですけど」
「なにそれ、すごいじゃない!」
店長は目を輝かせる。この人、けっこうミーハーなところがあるんだよな。
店長は手早くケースに並べていたりんご飴を三本手に取ると、僕がカットしたエナドリ味のりんご飴と一緒に袋に入れた。
「これサービスだから渡してあげて! 海斗くんの高校の生徒だし、宣伝だとかそういう下心があるわけじゃないからね!」
別に僕が言わなくてもすでに北条先輩には聞こえているだろう。僕はこっちをじっと見ていた北条先輩に、りんご飴が入った袋を渡す。
「聞こえてたと思いますが、サービスらしいです」
愛想笑いと苦笑いの混じった僕の顔を見て、先輩の口角が上がった。
「マジか。サンキュ」
さっきまで感じていた威圧感が薄れて、先輩の目つきも柔らかく感じる。
一見冷たい印象に見えるけど、笑うだけでこんなにも違うのか。
こういうギャップで、みんなこの人のことを好きになるんだろうな、となんとなく思った。
「ありがとうございました」
先輩にお礼を言うや否や、北条先輩の後ろに並んでいたお客さんが、レジの前に勢いよく並ぶ。
「さっきJunくんが頼んでたやつください!」
「ありがとうございます。エナジードリンク味ですね」
「エナド……え?」
困惑するお客さんをよそに、僕は毒々しさを感じるグリーンのフレーバーを手に取った。
刺激的すぎるにおいが鼻をかすめる。こんな店長が気まぐれで作ったような味、誰も注文しないと思ってたのにな。
それからはすごかった。高校に入ってすぐにここ――りんご飴専門店『白雪』でバイトを始めたけれど、こんなに途絶えることなくお客さんがきたのは初めてだった。白雪は大きめのスーパーマーケットの一角に店を構えているけれど、あんな行列はできたことがない。クラスメイトたちが騒ぐ北条先輩のすごさってやつを実感せざるを得なかった。目が回るような忙しさの中、どうにか九時半に店を閉めることができた。
「海斗くん、今日はありがとね。開店以来一番の売り上げになっちゃった」
「でしょうね。すごく忙しかったですもん」
「これって海斗くんの先輩のおかげもあるけど、新作フレーバーの味が評価されたってことでもあるわよね?」
「いや、見た目は映えるけど味は漢方みたいって言われてましたよ」
「嘘!?」
「それじゃ、お疲れ様です」
目を輝かせていた店長に、念のため釘を刺してから店を出る。
昼間はあんなに暑かったのに、夜は少し肌寒い。もう一枚羽織ってこれば良かったなぁ。
気休めにシャツの袖を伸ばしつつ、自転車に乗って帰ろうとしたそのときだった。
「お疲れ。ちょっといい?」
聞き慣れない、低い声。
そこには今日、エナドリりんご飴の行列を作りだした原因の人が立っていた。
「北条先輩……?」
「突然で悪いんだけど」
暗闇の中で先輩の表情はわからない。だけどなんだか、うっすらとした寒気を感じた。
「な、なんでしょう……?」
エナドリりんご飴がまずいというクレームだろうか?
身構えたけど、北条先輩は想像もしていなかった言葉を発したのだった。
「俺の動画に、出てくんない?」
それなのに、その人は汗ひとつ浮かべることなく、澄ました顔で店内に入ってきた。
「りんご飴、エナジードリンク味ひとつ」
誰も頼まないだろうと思っていた新作のフレーバーを頼んだこの人を、僕は知っていた。
高校のひとつ上の先輩――北条純也。彼は見下ろすように僕を見ている。
身長は180センチ後半はあるだろう。僕より頭一つ分以上背が高い。高校生にしては大人びて見えるアップバングの前髪もあいまって、きつめの目がさらに鋭く見えた。
「――ありがとうございます。そのままでのご提供かカット、どちらにいたしましょうか?」
「カットで」
うわー、さすが北条先輩。うちのりんご飴の値段は丸ごとなら650円、カットなら750円になる。僕なら絶対カットにしない。家に帰ってから自分で切る。それだけで100円が浮くならしないはずがない。だけど、北条先輩が噂通りの人なら100円ぐらい気にしなさそうだもんな。
雑念を顔に出さないように気をつけながら、飴をまとったりんごを切る。ザクッザクッと心地いい音が店内に響く。そのたった少しの間に、店内が騒がしくなってきていた。北条先輩の存在に気づいた人がいるのだろう。店の外にも中にも、先輩を見ようとしている人が集まり始めている。僕がカットしたりんご飴をカップに入れるときには、ざわつきを感じ取った店長が奥から出てきていた。
「ちょっと海斗くん、なんかお客さん多くない? ……ってあのイケメンなに? 芸能人?」
「うちの高校の先輩です。僕のひとつ上で、高校二年生。人気のインフルエンサーだそうです。僕も近くで見たのは初めてですけど」
「なにそれ、すごいじゃない!」
店長は目を輝かせる。この人、けっこうミーハーなところがあるんだよな。
店長は手早くケースに並べていたりんご飴を三本手に取ると、僕がカットしたエナドリ味のりんご飴と一緒に袋に入れた。
「これサービスだから渡してあげて! 海斗くんの高校の生徒だし、宣伝だとかそういう下心があるわけじゃないからね!」
別に僕が言わなくてもすでに北条先輩には聞こえているだろう。僕はこっちをじっと見ていた北条先輩に、りんご飴が入った袋を渡す。
「聞こえてたと思いますが、サービスらしいです」
愛想笑いと苦笑いの混じった僕の顔を見て、先輩の口角が上がった。
「マジか。サンキュ」
さっきまで感じていた威圧感が薄れて、先輩の目つきも柔らかく感じる。
一見冷たい印象に見えるけど、笑うだけでこんなにも違うのか。
こういうギャップで、みんなこの人のことを好きになるんだろうな、となんとなく思った。
「ありがとうございました」
先輩にお礼を言うや否や、北条先輩の後ろに並んでいたお客さんが、レジの前に勢いよく並ぶ。
「さっきJunくんが頼んでたやつください!」
「ありがとうございます。エナジードリンク味ですね」
「エナド……え?」
困惑するお客さんをよそに、僕は毒々しさを感じるグリーンのフレーバーを手に取った。
刺激的すぎるにおいが鼻をかすめる。こんな店長が気まぐれで作ったような味、誰も注文しないと思ってたのにな。
それからはすごかった。高校に入ってすぐにここ――りんご飴専門店『白雪』でバイトを始めたけれど、こんなに途絶えることなくお客さんがきたのは初めてだった。白雪は大きめのスーパーマーケットの一角に店を構えているけれど、あんな行列はできたことがない。クラスメイトたちが騒ぐ北条先輩のすごさってやつを実感せざるを得なかった。目が回るような忙しさの中、どうにか九時半に店を閉めることができた。
「海斗くん、今日はありがとね。開店以来一番の売り上げになっちゃった」
「でしょうね。すごく忙しかったですもん」
「これって海斗くんの先輩のおかげもあるけど、新作フレーバーの味が評価されたってことでもあるわよね?」
「いや、見た目は映えるけど味は漢方みたいって言われてましたよ」
「嘘!?」
「それじゃ、お疲れ様です」
目を輝かせていた店長に、念のため釘を刺してから店を出る。
昼間はあんなに暑かったのに、夜は少し肌寒い。もう一枚羽織ってこれば良かったなぁ。
気休めにシャツの袖を伸ばしつつ、自転車に乗って帰ろうとしたそのときだった。
「お疲れ。ちょっといい?」
聞き慣れない、低い声。
そこには今日、エナドリりんご飴の行列を作りだした原因の人が立っていた。
「北条先輩……?」
「突然で悪いんだけど」
暗闇の中で先輩の表情はわからない。だけどなんだか、うっすらとした寒気を感じた。
「な、なんでしょう……?」
エナドリりんご飴がまずいというクレームだろうか?
身構えたけど、北条先輩は想像もしていなかった言葉を発したのだった。
「俺の動画に、出てくんない?」