「ダ、ダメじゃない! 学校とか保護者のかたに連絡はしたの!?」
「連絡したらサボりとは言わないよー」
「そりゃそうだけど!」
どうしよう、こういう場合はどうしたらいいのだろう。
軽くパニックになっていると、モモちゃんが私の肩に手を置いた。
「落ち着きなよ」
「逆になんであなたはそんなに落ち着いてるの……!?」
とりあえず深呼吸をして、私はモモちゃんのとなりに座った。
「……それで、モモちゃんはなんで受験をサボったの?」
「は? そんなの高校に行きたくないからに決まってるよね?」
「……(そんな呆れた顔されても……)」
「おねーさんは、なんで大学入ったの」
「……公務員になるためだけど」
「ふぅん。なんで公務員になりたいの?」
「それはもちろん、ひとの役に立ちたいからだよ」
「なんでひとの役に立ちたいの?」
「え……だって、ひとの役に立てたら、みんな喜ぶし」
「なんでみんなに喜んでほしーの?」
「……なんで……? じゃあモモちゃんはなんで高校に行きたくないの?」
「今んとこ気分!」
「き……気分!?」
※光香は衝撃が強すぎて目眩を起こした。
「高校なんか行きたくないって言ってんのに、賢一が行けってうるさくてさぁ」
「賢一?」
「パパのことだよ」
「あぁ……パパね(今どきの子は父親を呼び捨てにするのか)」←そんなことはない。
「賢一、しつこいし頭が固くてさー。いくら話しても理解してくんないの」
「そりゃ気分で高校に行きたくないって言われてもね……。きっとパパは、娘の将来が心配なんだよ」
「違うよぉ! 私、人生設計もちゃんと話したんだよ?」
「人生設計? なにか夢でもあるの?」
「うんっ! 私、小説家になる予定なの!」
※パパの心配の理由が明確に分かった瞬間であった。
「なんで私の人生を他人に決められなきゃいけないの? じぶんで決めてなにが悪いの?」
「他人って……賢一さんは家族でしょ?」
「家族だからって、決める権利ないよね?」
「それはそうだけど、一応保護者としての責任があるし、モモちゃんはまだ未成年なんだし……」
「……じゃあ、おねーさんは親に言われて決めたんだ?」
「え?」
「公務員になるって」
「…………」
咄嗟に私は、なにも言えずに黙り込んだ。
それをたぶん、肯定と受け取ったのだろう。彼女は興味を失くしたように、私から視線を外した。
「おねーさんってすごくきれいだけど、つまんないひとなんだね」
その言葉は、私の心臓を容赦なく貫いた。
その後、モモちゃんはひとりで帰っていった。私はそのまま研究室に残って、物思いにふける。
『なんで公務員になりたいの?』
彼女の言葉が頭から離れない。
なんで。
考えたこともなかった問いを、今になって考えてみる。
親の期待に応えるため。
ひとの役に立てるから。
周囲が喜んでくれるから。
考えて絞り出した答えのなかになにひとつ、私の本音は見当たらなかった。
「……本当に、私はつまらない人間ね」
***
翌日。
なんとなくあの研究室へ行ってみると、
「あっ、おねーさんだ」
「モモちゃん!?」
セーラー服姿のモモちゃんがいた。
「学校は!?」
「先生に受験サボったってバレたら怒られそうだからサボった〜!」
呆れた。
「怒られるのはいやなのね……」
「うん! いや」
ならサボらなきゃいいのに、と苦笑しつつも、私はどこまでもじぶんに正直なモモちゃんに感心する。
「……モモちゃん、昨日はごめんね」
「んー? なにが?」
「昨日、いろいろうるさく言っちゃったから、わずらわしかったかなって」
「べつに〜? おねーさんの意見は嬉しかったし」
「え、そうなの? (ちょっと意外だ……)」
きょとんとしていると、モモちゃんは無邪気な笑みを浮かべて、
「うん! 私はね、これでもひとの意見はちゃんと聞くようにしてるんだよ。でも、最終的にはじぶんでどうするか決めるの!」
ハッとした。
昨日はモモちゃんのことを、なんて世間知らずな子なのだろうと思ったけれど。
違う。
モモちゃんは、ぜんぜん世間知らずでも破天荒でもない。←そんなことはない。
彼女はただ、ちゃんとじぶんを愛して、生きているだけなのだ。
「……ねぇ、モモちゃん」
「んー?」
「私ね、今進路で悩んでて」
「ふーん」
「このまま院に進むか、大学を卒業して公務員になるか」
「公務員になりたいのは、みんなが期待してくれてるからでしょ?」
こくりと頷く。
「じゃあ、院に進みたいのはなんで?」
モモちゃんに問われて、私はためらいながらも正直に打ち明ける。
「……研究がしたくて」
「なんで研究がしたいの?」
「好きだから。でも……」
「なんだ、ぜんぜん悩んでないじゃん」
「え?」
「好きなんでしょ? 研究。それなら院を選ぶ以外の選択肢なんてないじゃない!」
そう言われた瞬間、胸のなかにずっとあった靄が、さあっと晴れていったような気がした。
モモとの出会いを話し終えると、鷲見は感心したように言った。
「へぇ〜モモ先生って、昔からアホだったんすね!」
「お黙りスミィ。れいちゃんは今とてもいい話をしてたのよ」
「あれっ。でも、モモ先生って高校は出てましたよね?」
「うん。あのあとママにめちゃくちゃ怒られて私立に行った」
「ママの言うことは聞くんスね……」
「そりゃあそうだよ! ママはおっかないもん!」
「…………」
※光香とスミィ、賢一に同情。
「で、高校出て光香さんの家に転がり込んだと?」
「うい!」
「光香さん、なんであんなの入れちゃったんですか」
「だれがあんなのじゃい!」
※光香、失笑。
「……まぁでも、これがモモの良さだから。モモにはずっとこのままでいてほしいんです」
光香が言うと、モモはふふん、と得意げに鷲見を見た。
「このままでいいって……それじゃモモ先生の生活能力ゼロのままですよ」
「いいの。そのあたりは私が手助けしていくから」
「光香さん優し過ぎですよ……」
関心を通り越して、やや呆れ気味に鷲見が呟く。
『いっしょに住んでいいことないと思うんですけど』
たしかに、他人から見たらじぶんたちの関係は少し歪に見えるのかもしれない。
だが、少なくとも光香にとっては、そんなことはないのだ。
光香がモモといる理由は、モモのことが〝大好き〟だから。本当に、ただそれだけ。
あの研究室でモモは、好きだからとかそんな理由で進路を決めていいのかと悩む光香に、言ったのだ。
――〝そんな理由〟じゃないよ。〝いちばんの理由〟じゃん!
彼女らしい、無邪気な笑顔で。
あのときからモモは、光香にとって唯一無二の光なのである。