聞かれただろうか、そうだとしたらどこまで。

 一瞬で恐怖が巡る。

 瑞希のその反応はどう取られただろうか。

 玲望の顔がはっきり歪むのが見えた。

「……遅かったから」

 それでもそう言ってくれた。

 瑞希はなんと返したものかわからなくなった。

 ごめん、なのか、それともなにか、言い繕うようなことを言うのか。

 でもその前に違う声がした。

「あっ……! も、基宮先輩、今日はすみま……」

 志摩が口を開いて言いかけた。

 勿論、今日の謝罪だろう。

 けれど玲望はそれに答えなかった。

 ただ、一瞬瑞希を見つめた。

 綺麗な翠の目は硬くなっていて、視線は睨みつけるようなもので、でもその奥は確かな悲しみがあった。

「もう、用があるから先帰る」

 言い残されたのはそれだけ。

 ぱっと身をひるがえして行ってしまう。

 ぱたぱたと上履きが廊下を蹴る音が響いた。

「ま……てよ! 玲望!」

 数秒、瑞希は固まっていた。

 玲望の眼に捕らわれてしまったように。

 しかしすぐにはっとする。

 ここで帰してはいけない。

 厄介なことになる。

 それは時間が経つほど拗れてしまうものなのだ。

 ただ、一瞬ためらった。

 志摩のこと。

 質問にまだ答えていない。

 訊かれたのだ、答えなければ無礼だ。

 けれど、今、独りで駆けていってしまう玲望のことを考えたら。

 瑞希はごくっと喉を鳴らした。

「悪い! また今度話す!」

 だっと自分も廊下を駆けだした。

 ずるいことだが、志摩の顔は見なかった。

 自分が酷いことをしているのはわかった、けれど。

 今は玲望を捕まえることが一番重要だった。

 思い返せば、今日の実習、玲望はずっとあまり面白くなさそうな様子だった。

 普段はもう少し人当たりもいいのに。

 あの態度の理由に気付かなかったなんて。

 自分があまりに酷いやつだったのだと瑞希はやっと思い知った。

 歯がみしたい気持ちになる。