「梶浦部長」

 職員室を出て、廊下を歩いていると二年生の志摩に出くわした。

 声をかけられる。

 そこで既に瑞希はなにか違和感を覚えた。

 なんだか張りつめたような空気が伝わってくる。

「まだ帰ってなかったのか? もう下校時間になるぞ」

 その空気をやわらげるように言ったのだけど、志摩は「はい」と言ったものの、その場から動かない。

 数秒の沈黙が落ちる。

 やがて、志摩がぎゅっと手を握るのが見えた。

「あの、今日はすみませんでした」

 謝られた。

 が、瑞希はすぐにわからなかった。

 どうして謝られるのか。

 すぐに続けて志摩が言う。

「あの……実習で、基宮先輩にご迷惑をかけてしまって……」

「……ああ」

 そこまで言われて瑞希はやっと思い当たった。

 クッキーの生地をどうするかという話になった件だろう。

 でも別に謝られることはないのだ。

 志摩は意見を出しただけなのだから。

 それのどこが悪いというのか。

「なにも悪くないだろ。むしろ幅が広がって良かったと思うし」

 しかしあのやりとりを気にして、わざわざ謝りに来たというのか。

 律儀な子だ。

 瑞希は考えたのだけど、それはどうも平和すぎる思考だったらしい。

 志摩がもうひとつ、ぎゅっと拳を握るのが見えて。

「私、部長とお話しできるのが嬉しくて……、それで、つい出過ぎたことを……」

 そこまで言われて、やっと瑞希も思い当たった。

 出過ぎたこと、ではない。

 志摩がどうして謝りにきたかということも、あのときとても嬉しそうだったことも。

 頭の中に理由が閃く。

 それは瑞希にとって衝撃だった。

 まさか、こんなことが起ころうとは。

 いや、高校生なのだ、起こってもおかしくないことだ。

 でも嬉しいとは言い切れなかった。

 なにしろ瑞希にはすでに大切なひとがいるのだから。

「あの、梶浦部長は……付き合ってるひととか、いるんですか」