「悪かったな」

 なので素直に言ったのだけど、玲望はさらりと言った。

「悪くねぇよ。いいもん、見れたし」

 いいもん、とは海だけではないだろう。

 玲望ははっきり言わなかったけれど。

 海という場所。

 これから一緒に居られるという、約束のできた場所。

 別に海でなくても良かったと思う。

 でも今夜は、きっとここがふさわしかった。

「そりゃ良かった」

 レモンサイダーをもうひとくち飲んで。

 瑞希は玲望のほうへ一歩踏み出した。

 顔を近付け、そっと触れる。

 やわらかなくちびるへ。

 ふんわりしていてあたたかい。

「酸っぱいだろ」

 離すと玲望はちょっと眉を寄せていた。

「同じ味だろ」

 なのでしれっと言い返す。

 誓いのキス、なんてものではない。

 そんな大仰な気持ちではない。

 でも約束ではある。

 いつか必ず叶えよう、という約束だ。

 だから今はレモンの酸っぱさがきっとふさわしい。




 きゅんと酸っぱいレモンの味は、二人の傍にいつもあったもの。

 すべてがはじまった日も、楽しい日も、ちょっと喧嘩をした日も。

 今は胸に約束を染み入らせるような。

 そんな新しい酸っぱさが、じわりと胸に広がっていった。


 (完)