「それで俺らはE級からC級に上がったってわけか」
「そうね、元々おもちゃんのおかげでE級スタートだったけど、普通はF級から始まるらしいわ。そもそもたった一回の入場で上がるなんてありえないとか」

 探索者管理委員会からもらったランク証明書を眺めながら、近くのモンスターカフェで寛いでいた。
 店内は木を基調としたカフェテリアで、テーブルの横ではおもちと田所がスヤスヤと眠っている。

 先日のダンジョンでの討伐量と魔石を量を申告したのだが、その後、昇格になりますと呼び出されたのだ。

「まあこれでようやく見習いのスタートってことかしらね。ほとんどはおもっちゃんのおかげかもしれないけど」

 事実、御崎の言う通りだろう。探索者委員会の中でも、フェニックスことおもちの話題は上がったらしく、それだけでもB級にすべきとの声があったらしい。
 とはいえ従者の俺はまだまだ新米、それもあってC級で落ち着いたというわけだ。それでも異例らしいが。

「そういえば、ランクが上がるとメリットなんてあるのか?」

 俺の問いかけに、御崎は呆れ顔で答える。

「委員会の説明、聞いてた? 」
「昔から長話は苦手で……あと、御崎が聞いてくれてるだろうなーと」
「私は要点まとめ女じゃないのよ。便利に使わないで」
「信用してるだけだよ。教えてくださいっ」
「なら、ここのケーキ代はよろしくね」
「え、あ、まあその程度なら……」
 
 こんなことならちゃんと聞いておけばよかったと後悔。
 そもそもランクが上がっただけで講習が二時間もあるというのが悪い。いやでも、生死にかかわることだし当然か……。

「平たく言えば魔石の買い取り額が上がった。後は制限時間が伸びたし、入場できるダンジョンの数が増えたってとこね」
「なるほど、めちゃくちゃいいじゃないか! 今ようやく実感が湧いてきた」
「現金ね……といっても、他県まで行くのは大変だろうから私たちは近郊限定になるけど、それでも随分と増えたみたい、3ページ目に詳しく書かれてる」

 どれどれ、とページをめくる。そこには見たこともない名前が書いていた。
 オーソドックスそうな炎、水、風の魔法ダンジョンに、生産ダンジョン、植物ダンジョン、そして気になるのが――

「……このグルメダンジョンってなんだ?」
「食べられる植物とか、調味料が取れる鉱石とか、色々と希少な食べ物もあるみたい。出現する魔物もすっごい美味しいらしくて、腕利きの魔物ハンターがこぞって参加してるとか」
「ほお、世はまさに大探索者時代ってか。そういえば、S級探索者ってのはそんなにヤバイのか?」

 委員会の説明で、S級探索者は普通の人とはまったく違うので、出会ったとしてもあんまり関わらないようにと言われた。
 そもそもその言い方もどうなんだと思ったが、実際、ネットでも色んなことを見たことがある。
 化け物だとか、狂ってるとか、一国を滅ぼせるとか。

「現在、探索者のライセンスを持っている人は世界で30万人以上、その中でS級は10人にも満たない。これでわかるでしょ?」
「確かに……それはやべえな。俺と違ってすげえスキル持ってるんだろうなあ」
「戦争すらも止められるって聞いたことがあるわ。そういえば先日、日本にS級の少女が来日したとか噂になってたはずよ」
「一日でS級に到達した異例の子供か、そういえばそんなニュース、サウナでやってたな。まあ、一生会うことはないだろうけど」

 知れば知るほど、探索者ってのは凄まじい世界だな……。

 ただ、当初の夢であるのんびりスローライフは、ゆっくりとだが近づいてはきている。

 動画の収益化も可能になったし、スポンサーとして大和もバックについてもらった。

 ちなみに最近のマイブームは物件を見ること。
 おもちと田所、更に魔物が増えてもいいように大きな家を探している。
 それがけっこう楽しい。まだ買えないけど、想像するだけで楽しい。

 そういえば――。

「御崎は何かしたいこととか、夢とかあるのか? 俺は前に話した通り、大きな家を買ってのんびり暮らしたい。農業とかにも興味あるしな」
「うーん、今のままでも幸せだからねえ。まあでも、おもちゃんとたどちゃんと暮らせたらもっと幸せかも」

 少し困ってから、えへへっと眠っている田所を持ち上げながら笑う。
 それって俺とも一緒に暮らすことにならないか、と思ったが、あえて言わなかった。
 
 四人で田舎暮らしか、悪くない、いや、最高だ。

「キュウ?」
 
 その時、近くのハンモックで寝ていたおもちが声を上げた。
 小さな少女が、おもちの羽根に触れている。

 髪は真っ白で、大き目なピンク色のリボンを付けている。
 白いワンピースに身を包んでいるが、後ろ姿だけ見ると中学生くらいだろう。

 その歳で、おもちの可愛さに気づいてしまったら、もう抜け出せなくなるぞっ!

「キュウキュウ!」
「……そっくりだ」

 少女はおもちをツンツンしながら小さな声を漏らした。イントネーションから、生粋の日本人でないようだ。
 御崎も気づいたらしく、微笑ましく二人で眺めていた。

 まるで猫カフェ、いやおもちカフェ。田所はまだ御崎の膝で寝ている。

「どうしたお嬢ちゃん、おもちが好きなのか?」
「好き。欲しい」
「ははっ、おもちは物じゃないからあげることはできないんだ」

 実に子供らしい答えだった。子供と戯れるおもちも悪くないなと見ていたら、少女はおもちを持ち上げた。
 結構重たいのに、よくそんな力があるな……。

「キュウウウウウウ」
 
 その時、おもちが悲鳴をあげた。どこか痛いのかと思い、俺は急いで駆け寄り――。

「えへへ、もーらった!」
 
 すると少女は、おもちを抱き抱えて一目散にカフェから飛び出だす。唐突な出来事に固まってしまい、御崎と顔を合わせる。

「「え?」」

 しかしおもちが奪われた、盗まれた、いや誘拐されたことに気づく。
 すぐに追いかけけようと御崎に声をかけ、俺は思い切り地を蹴った。

「御崎、支払いは頼んだぞ!」
「ちょっと、阿鳥――」

 後ろから聞こえる御崎の声をよそに、外へ飛び出した。テイムした魔物は、なんとなくだが位置がわかるようになっている。
 おそらくおもちは、ここへ来る前に見かけた公園方面だ。

 しかしなんでおもちを!? てか、誰だ少女《あいつ》!?

 曲がり角を曲がった時、少女を発見した。おもち暴れているが、少女は構わずぬいぐるみのように抱き抱えている。
 しかし、変だ。おもちの力はかなり強い。それをあんな華奢な少女が抑え込んでいるというのか?
 
「おい、おもちを返せッ!!」

 後ろから声をかけたが、振り返らずまっすぐに走り去ろうとしている
 悪戯にしちゃやり過ぎだぞ……。

 流石にこれ以上許すことはできない。
 俺は先日覚えた、”炎の充填”を解放する為、足に集中させた。

(ぶっつけ本番レベルだが、頼むぜ)

 足に炎耐性(極)スキルを集中させると、身体中に充填されていた炎が、一か所に集中した。
 思い切り加速し、周りの景色がとんでもない早く移り変わる。

(く……すげえはえええが、バランスが――)

 あまりの速度に驚きつつも、なんとか少女の肩を掴むことに成功。

「いい加減にしろっ――って、は??」

 だが次の瞬間、視界が切り替わったかのように天と地が逆になった。
 違う、空中に吹き飛ばされたのだ。

「阿鳥っ!」「ぷいにゅ~!!」

 そこに現れた御崎が、動かしてあげるのスキルを発動し、俺をキャッチ。

 何が起こったのかわからないが、あやうく地面に叩きつけられるところだった。
 だがそのおかげでおもちは逃げだせたらしく、天高く舞い上がっていた。

「どういうことだよ……」
「阿鳥、大丈夫!?」
「ああ、油断するな。この少女、普通じゃない」

 俺の言葉に呼応するかのように、ようやく振り返る少女。

 その顔は……どっかで見たような。

 ハッと気づいた瞬間、御崎が声を漏らす。

「嘘でしょ……」

 少女の目はぱっちり二重で、髪は真っ白で柔らかく風で揺れている。
 
 しかし何よりもその顔は、フランス人形のように美しい。

 だが俺は”この子を知っている”。

「なんで、なんで私から離れたの? ……この子は私のもの……返して!」

 半べそで駄々をこねながら涙を拭うのは、小さな少女。

 だがたった一日でダンジョンを制覇し、一躍有名人となった。

 アメリカから日本に来日した、S級探索者――雨流《うりゅう》・セナ・メルレットだ。

「おもちは物じゃねえんだよ。俺の家族だ」


「――だったら……力づくで奪い取るんだから」

 その瞬間、彼女の身体からあり得ないほどの魔力が漲った。

 おもちを絶対守ると覚悟を決めた俺が、たった数秒で逃げ出したいと考えてしまうほどに。