「おはよ。起きろよ海崎」
「うう、ん……」
せっかく気持ちよく眠りについていたのに、誰かに揺り起こされる。目を開けることも億劫で無理だ。
「海崎、遅刻するぞ」
遅刻。それは嫌だ。そうか、起きて学校に行かなきゃいけないんだったと、夢と現実のはざまの朦朧とする頭で思う。
「起きないと大変なことになるぞ」
そんなことはわかっている。でもいつも伊野が起こしてくれる時間は少しだけ余裕があることも知っている。
ずっとは無理でも、あと三分だけ寝かせてほしい。
海崎が狸寝入りを決め込んでいたとき、ふに、と海崎の唇に柔らかいものが押し当てられた。
まさかと思って目を開けると、目の前に伊野の顔がある。
「あ。海崎が起きた」
伊野は「童話って案外嘘じゃないのかもな」と笑う。
「い、い、い、伊野っ? 今、何した……っ?」
「海崎と三回目のキス。ごめん、寝顔が可愛くて」
伊野はニマニマしているが、海崎はたまったものじゃない。
「もう! 朝から刺激が強すぎるよ……」
羞恥に耐えられなくて、海崎は顔を半分、布団で隠す。
「白状すると、お前と付き合う前から毎朝、海崎を起こすたびに、起きないならキスしてやろうかって思ってた」
「嘘でしょっ?」
伊野にそんな目で見られているなんて、思いもしなかった。いつも普通にバシバシ叩かれて起きていたから、気づくはずもない。
「本当。だから今、俺の夢がひとつ叶った。これからは、俺が起こしても起きなかったら、覚悟しろよ海崎」
伊野は軽い口調で言っているが、海崎は布団から顔もあげられないくらいだ。
だって伊野にキスしてほしかったら、朝、寝たふりをすればいいということだ。これなら、海崎がしてほしいと言わなくても、伊野にキスしてもらえる。それってものすごく幸せだ。
「でも海崎、そろそろガチでやばいから起きろよ」
そう言って伊野が部屋を出て行こうとするから、海崎はベッドから上半身を起こして起き上がり、「待って」と伊野を引き止めた。
「あのっ、伊野、さっきの……」
「さっきの?」
伊野はキョトンとした顔をしている。
「さっき、伊野が言ってた、あの、『付き合う前から』ってさ。お、俺たち付き合ってるって認識でいいってこと……?」
好きを伝え合ったけど、その後、自分たちはどんな関係なんだろうと気になっていた。男同士だし、いわゆる恋人関係とはちょっと違う。そこのところが曖昧で、ちょっとだけモヤモヤしていた。
伊野はおもむろに近づいてきて、海崎の目の前にしゃがみ込む。
「俺は勝手にそう思ってたけど、海崎はどうしたい?」
伊野は優しい顔で海崎の反応を伺っている。
「もし、付き合ってるってことにしたら、伊野は浮気しない……?」
「う、浮気っ?」
「あのさ、男同士だから付き合ってないってなっちゃうと、伊野は彼女を作ったりするでしょ? 俺は伊野が他の人とさっきみたいに、キ、キスしたり抱き合ったりするのは、すごく嫌だから、できれば伊野を独り占めしたいです……」
海崎は指をもじもじしながら伊野に訴える。
こんなことを言ったら伊野に我が儘だと怒られるだろうか。でも嫌なものは嫌だ。
「ホントお前はいつも予想外の答えを返してくるよな」
伊野は笑みをこぼす。
「じゃあ俺たち付き合おう。俺は海崎の恋人で、海崎は俺の恋人。これは、海崎が東京に帰って離れたあとも変わらない。それでいい?」
伊野は確認するように海崎の顔を覗き込んできた。
「付き合ってくれたら浮気しない。俺、喜んで海崎に独り占めされます! これでもダメ?」
「え! ダメなんかじゃない! 付き合うに決まってる……」
ちゃんと返事をしないとダメだ。せっかく伊野といい感じなのに「お前が嫌ならただの友達でいよう」なんて伊野に言われてしまったら大変だ。
「いいの?」
「伊野こそ、いいの?」
「うん、いいよ。俺が好きになるのは海崎だけ。さっきみたいなことするのも海崎だけ。そういうことだよね?」
伊野は真っ直ぐ海崎だけを見つめている。
「海崎も東京で浮気するなよ?」
「しないよ、向こうに行っても、伊野に会える日を楽しみに頑張るよ」
来月、東京に帰ったら、今度はいつ伊野に会えるのだろう。
「なぁ海崎。お前が帰っちゃったらさ。俺たち今度はいつ会えるのな……」
伊野もおんなじことを考えていたみたいだ。
東京から飛行機に乗ればいい。会いたいなら伊野に会いに行けばいい。それは簡単そうでいて、なかなか難しいことだ。
これから高校三年生になり大学受験が迫ってくる。バイトをするような時間はないから、自分で飛行機代も稼げない。
学校が長期休みのときに、父親に頼んで旅費を出してもらおうか。それだって何回もお願いできない。海崎がここを離れたら、次に会えるのは何ヶ月後になるのだろう。
「ごめん。考えてもしょうがないことだもんな。やばやば、遅刻するっ」
伊野はサッと立ち上がり、支度をするため部屋を出て行ってしまった。
伊野とこうして過ごせる日々もあと少しだ。今のうちに、伊野とたくさんの思い出を作りたいと海崎は思っていた。
「うう、ん……」
せっかく気持ちよく眠りについていたのに、誰かに揺り起こされる。目を開けることも億劫で無理だ。
「海崎、遅刻するぞ」
遅刻。それは嫌だ。そうか、起きて学校に行かなきゃいけないんだったと、夢と現実のはざまの朦朧とする頭で思う。
「起きないと大変なことになるぞ」
そんなことはわかっている。でもいつも伊野が起こしてくれる時間は少しだけ余裕があることも知っている。
ずっとは無理でも、あと三分だけ寝かせてほしい。
海崎が狸寝入りを決め込んでいたとき、ふに、と海崎の唇に柔らかいものが押し当てられた。
まさかと思って目を開けると、目の前に伊野の顔がある。
「あ。海崎が起きた」
伊野は「童話って案外嘘じゃないのかもな」と笑う。
「い、い、い、伊野っ? 今、何した……っ?」
「海崎と三回目のキス。ごめん、寝顔が可愛くて」
伊野はニマニマしているが、海崎はたまったものじゃない。
「もう! 朝から刺激が強すぎるよ……」
羞恥に耐えられなくて、海崎は顔を半分、布団で隠す。
「白状すると、お前と付き合う前から毎朝、海崎を起こすたびに、起きないならキスしてやろうかって思ってた」
「嘘でしょっ?」
伊野にそんな目で見られているなんて、思いもしなかった。いつも普通にバシバシ叩かれて起きていたから、気づくはずもない。
「本当。だから今、俺の夢がひとつ叶った。これからは、俺が起こしても起きなかったら、覚悟しろよ海崎」
伊野は軽い口調で言っているが、海崎は布団から顔もあげられないくらいだ。
だって伊野にキスしてほしかったら、朝、寝たふりをすればいいということだ。これなら、海崎がしてほしいと言わなくても、伊野にキスしてもらえる。それってものすごく幸せだ。
「でも海崎、そろそろガチでやばいから起きろよ」
そう言って伊野が部屋を出て行こうとするから、海崎はベッドから上半身を起こして起き上がり、「待って」と伊野を引き止めた。
「あのっ、伊野、さっきの……」
「さっきの?」
伊野はキョトンとした顔をしている。
「さっき、伊野が言ってた、あの、『付き合う前から』ってさ。お、俺たち付き合ってるって認識でいいってこと……?」
好きを伝え合ったけど、その後、自分たちはどんな関係なんだろうと気になっていた。男同士だし、いわゆる恋人関係とはちょっと違う。そこのところが曖昧で、ちょっとだけモヤモヤしていた。
伊野はおもむろに近づいてきて、海崎の目の前にしゃがみ込む。
「俺は勝手にそう思ってたけど、海崎はどうしたい?」
伊野は優しい顔で海崎の反応を伺っている。
「もし、付き合ってるってことにしたら、伊野は浮気しない……?」
「う、浮気っ?」
「あのさ、男同士だから付き合ってないってなっちゃうと、伊野は彼女を作ったりするでしょ? 俺は伊野が他の人とさっきみたいに、キ、キスしたり抱き合ったりするのは、すごく嫌だから、できれば伊野を独り占めしたいです……」
海崎は指をもじもじしながら伊野に訴える。
こんなことを言ったら伊野に我が儘だと怒られるだろうか。でも嫌なものは嫌だ。
「ホントお前はいつも予想外の答えを返してくるよな」
伊野は笑みをこぼす。
「じゃあ俺たち付き合おう。俺は海崎の恋人で、海崎は俺の恋人。これは、海崎が東京に帰って離れたあとも変わらない。それでいい?」
伊野は確認するように海崎の顔を覗き込んできた。
「付き合ってくれたら浮気しない。俺、喜んで海崎に独り占めされます! これでもダメ?」
「え! ダメなんかじゃない! 付き合うに決まってる……」
ちゃんと返事をしないとダメだ。せっかく伊野といい感じなのに「お前が嫌ならただの友達でいよう」なんて伊野に言われてしまったら大変だ。
「いいの?」
「伊野こそ、いいの?」
「うん、いいよ。俺が好きになるのは海崎だけ。さっきみたいなことするのも海崎だけ。そういうことだよね?」
伊野は真っ直ぐ海崎だけを見つめている。
「海崎も東京で浮気するなよ?」
「しないよ、向こうに行っても、伊野に会える日を楽しみに頑張るよ」
来月、東京に帰ったら、今度はいつ伊野に会えるのだろう。
「なぁ海崎。お前が帰っちゃったらさ。俺たち今度はいつ会えるのな……」
伊野もおんなじことを考えていたみたいだ。
東京から飛行機に乗ればいい。会いたいなら伊野に会いに行けばいい。それは簡単そうでいて、なかなか難しいことだ。
これから高校三年生になり大学受験が迫ってくる。バイトをするような時間はないから、自分で飛行機代も稼げない。
学校が長期休みのときに、父親に頼んで旅費を出してもらおうか。それだって何回もお願いできない。海崎がここを離れたら、次に会えるのは何ヶ月後になるのだろう。
「ごめん。考えてもしょうがないことだもんな。やばやば、遅刻するっ」
伊野はサッと立ち上がり、支度をするため部屋を出て行ってしまった。
伊野とこうして過ごせる日々もあと少しだ。今のうちに、伊野とたくさんの思い出を作りたいと海崎は思っていた。