高校の最寄り駅は比較的大きく、商業施設が充実している。文具売り場は久しぶりで、ちょっとわくわくする。
「結都ちゃん、知ってた? 俺と同じ路線なんだよ」
七威がエスカレーターのベルトに寄りかかりながら、僕を見上げた。
「そうなの?」
「やっぱ気づいてなかったんだ。朝たまに見かける。イヤホンして文庫本とか電子書籍読んでるよね」
「よく見てるなぁ」
「誰の曲聞いてるの」
「FFAとか」
「俺も好き! 最新アルバム超カッコいいよね」
Full Flash Arrayは日本のロックバンドだ。音楽の好みが同じなのは意外だった。共通点ってあるものだな。交互に好きな曲を挙げていくうちに楽しくなってくる。売り場に着くころには一緒にライブへ行くことになっていた。七威といるといつもより物事の流れが速い。
「さーて、何色にしようかな」
「一応お勧めしたけど、定価千円超えてるから。ほかのメーカーもあるし、七威が気に入ったやつにして」
「結都ちゃんと同じのがいい」
ペン軸は十色あって、七威はどれにするか一瞬悩んでいた。そう一瞬だけ。手に取ったのはスターブラックだった。わずかに入った細かなラメが夜空に浮かぶ星みたいに見える。なんとなく七威が選びそうな色だなと思った。
「結都ちゃんと同じブルーブラックも良かったけど、お揃いすぎてもどうかと」
「そういうの気にするんだ」
「スターブラックのほうが結都ちゃんの髪色に近いでしょ」
「そっちのほうがどうかと思うよ」
僕贔屓なのはなんでなのか。七威を理解するにはまだ時間がかかりそうだ。
「新しいアイテムって気分上がるね。結都ちゃんのこだわりが知れて嬉しい」
「最初は姉さんが文具女子博で見つけてきたんだ。僕も気に入って使い始めた」
「ブングジョシ?」
「文房具のイベントだよ。マスキングテープやトートバッグとか雑貨系もあって、姉的にすべてが垂涎ものらしい」
「いいなぁ、姉弟がいるんだ」
七威の関心は文具博ではなく僕の家族構成に向いていた。やっぱり七威はズレている。
「もしかしてひとりっ子?」
「だからちょっと憧れる」
「いたらいたで、うっとうしいときもあるよ」
「でもいなくなったら寂しいでしょ」
どうだろう。考えたこともなかった。あんな姉でも寂しく思うかな。
「結都ちゃんは時間平気?」
「どっか寄ろうか」
「行く。ジェラートはだめだよ」
「なんで」
「企画書に及第点もらえたらの約束だから」
「律儀だね」
七威の提案でひとつ上階のカフェに入った。全国展開のチェーン店だ。アイスカフェオレを頼んでひと息ついていると、女の子がふたりテーブルの横で立ち止まった。
「沓沢ぁ、また会ったね」
「園田……」
僕の高校とK女は、最寄り駅が同じだ。いつすれ違ってもおかしくないが、一週間のうちに二回となると、誤作動が起きたとしか思えない。
「この辺縄張りなのか」
「沓沢がでしょ」
「美香りん、お友達?」
「そうなの。璃子に紹介するね。沓沢くんは元クラスメイトでね、同じテニス部だったんだ」
七威に帰宅部じゃないことがバレたな。不思議と焦りはなかった。僕の部活歴など気にもとめてないだろう。
ロングヘアの子が、「木村璃子です」と自己紹介した。おとなしめの雰囲気で、前髪をハートのピンで留めている。
「俺は青山七威。テニスは少し習ったことがあるけど、ほぼ初心者だよ」
七威が控えめに自己紹介した。やっぱり経験者か。隣のテーブルに腰掛けた園田たちの目が輝いた。
「青山くん、イケメンってよく言われない?」
「や、別に。俺的にイケメンは結都ちゃんだから」
イケメン枠で借り人競争に出てたやつが言うな。
「やだー呼び方かわいい」
「沓沢もちゃん付けで呼んでるの」
「呼ばないよ」
「もっと仲良ししなよー!」
七威が女子特有のテンションから逃れるように僕を見た。
「帰宅部って言ってなかった? テニス部だったんだ」
「あー……途中でやめたんだよ」
「どうして」
「単に興味を失ったっていうか」
「球技大会、テニスに出れば? 結都ちゃんなら上位狙えるでしょ」
「やだよ」
僕のレベルも知らないくせに適当なこと言って。そういう七威はどうなんだ。去年の試合結果は知らないが、初心者と言いつつ自信がなければテニスを選ばないだろう。
「いいなぁ、球技大会あるんだね。沓沢は何の種目だったの」
「バスケ。慣れたところで今年もバスケにしようかな」
上手いわけじゃない。こだわりがあるわけでもない。テニス以外ならなんだっていい。それだけだ。
話の途中、園田と木村さんが「体育祭の男子は三割増し格好いい」だの「共学じゃないのがツライ」だの、脱線してくれたお陰でテニスから話がそれた。
見たくないものに蓋をし続けるのは現実逃避だ。でも笑って話せるほど僕の中で過去になってない。
昇華しきれない気持ちを放り込んだ鍋は、魔女の呪いがかかったみたいに次第に黒く煮詰まっていく。透明な色に戻したくても、心が綺麗じゃない僕には無理だ。葬ったはずの嫌な感情は、まだここにある。
「ねえねえ、青山くん。部活入ってる?」
木村さんがフラペのストローをいじりながら訊ねた。
「何も」
「趣味は? ハマってることとか」
「特にないかな」
七威の返しが淡泊すぎる。薄く笑顔を保ってるせいか冷たく感じないが、僕と話してる時と比べ落差が激しい。いつもの人懐っこさはどこへ行った。実は人見知りだったのか。
キャッチボールが続かないのも何のその、木村さんは七威に興味津々だ。
「水曜のドラマ見てる? キュンがいっぱいなの。主題歌もめっちゃ可愛くて」
「うちテレビない」
「ないの⁉」
全員驚いた。テレビが有害だと子供に見せない家庭もあるらしいが、七威の場合は教育方針じゃなく、パソコンで事足りるからという理由だった。テレビは惰性で見るけど、案外なくても困らないアイテムかも。
「あとはぁ……そうだ、好きな食べ物は?」
「俺は卵焼きかな。結都ちゃんは何が好き?」
質問が急カーブで飛んできた。木村さんを飛ばしてなぜ僕に訊く。
「私、知ってる。沓沢が好きなのはメロンパン。ね!」
「え……うん」
自分の嗜好を人の口から聞くのは恥ずかしいものがある。焼肉やハンバークならまだしも、メロンパンて。
「俺も好き。美味しいよね」
仲間がいた。そういえば七威は甘党だった。あんまり味に当たりはずれがないが、一番美味しいと感じたのは、数年前にもらったメロンパンだ。どこの店だったんだろう。忘れられなくて同じものを探してるが、いまだに巡り会えない。
「見て見て。ご縁ができた記念に、私からとっておきの提案がありまーす」
園田が「じゃじゃーん」と擬音つきで、スクバから二枚のチケットを取り出した。
「良かったら、みんなでアクアラッシュ水族館に行きませんか」
「美香りん、それ無料券?」
「もっちろん」
「園田って、やたらとフリーパス持ってるな」
「パパが会社でもらってくるの。一枚でふたり入場できるよ」
「わぁ、四人で行けるね! アクアラッシュ初めて。美香りん最高ぉ」
「イエーイ」
水族館。デートの定番だ。しかも四人で。女子はめちゃくちゃ盛り上がってるが、僕は複雑だった。七威の都合もあるし、今日会ったばかりの相手の誘いに応える義理はない。
「僕はともかく、七威は――」
「いいよ、行っても」
「マジで?」
予想外の返答だった。やんわり断ると思ってた。気を遣ったのか、それとも園田たちを気に入ったのか。
果たして僕は、喜んでいいのだろうか。
「結都ちゃん、知ってた? 俺と同じ路線なんだよ」
七威がエスカレーターのベルトに寄りかかりながら、僕を見上げた。
「そうなの?」
「やっぱ気づいてなかったんだ。朝たまに見かける。イヤホンして文庫本とか電子書籍読んでるよね」
「よく見てるなぁ」
「誰の曲聞いてるの」
「FFAとか」
「俺も好き! 最新アルバム超カッコいいよね」
Full Flash Arrayは日本のロックバンドだ。音楽の好みが同じなのは意外だった。共通点ってあるものだな。交互に好きな曲を挙げていくうちに楽しくなってくる。売り場に着くころには一緒にライブへ行くことになっていた。七威といるといつもより物事の流れが速い。
「さーて、何色にしようかな」
「一応お勧めしたけど、定価千円超えてるから。ほかのメーカーもあるし、七威が気に入ったやつにして」
「結都ちゃんと同じのがいい」
ペン軸は十色あって、七威はどれにするか一瞬悩んでいた。そう一瞬だけ。手に取ったのはスターブラックだった。わずかに入った細かなラメが夜空に浮かぶ星みたいに見える。なんとなく七威が選びそうな色だなと思った。
「結都ちゃんと同じブルーブラックも良かったけど、お揃いすぎてもどうかと」
「そういうの気にするんだ」
「スターブラックのほうが結都ちゃんの髪色に近いでしょ」
「そっちのほうがどうかと思うよ」
僕贔屓なのはなんでなのか。七威を理解するにはまだ時間がかかりそうだ。
「新しいアイテムって気分上がるね。結都ちゃんのこだわりが知れて嬉しい」
「最初は姉さんが文具女子博で見つけてきたんだ。僕も気に入って使い始めた」
「ブングジョシ?」
「文房具のイベントだよ。マスキングテープやトートバッグとか雑貨系もあって、姉的にすべてが垂涎ものらしい」
「いいなぁ、姉弟がいるんだ」
七威の関心は文具博ではなく僕の家族構成に向いていた。やっぱり七威はズレている。
「もしかしてひとりっ子?」
「だからちょっと憧れる」
「いたらいたで、うっとうしいときもあるよ」
「でもいなくなったら寂しいでしょ」
どうだろう。考えたこともなかった。あんな姉でも寂しく思うかな。
「結都ちゃんは時間平気?」
「どっか寄ろうか」
「行く。ジェラートはだめだよ」
「なんで」
「企画書に及第点もらえたらの約束だから」
「律儀だね」
七威の提案でひとつ上階のカフェに入った。全国展開のチェーン店だ。アイスカフェオレを頼んでひと息ついていると、女の子がふたりテーブルの横で立ち止まった。
「沓沢ぁ、また会ったね」
「園田……」
僕の高校とK女は、最寄り駅が同じだ。いつすれ違ってもおかしくないが、一週間のうちに二回となると、誤作動が起きたとしか思えない。
「この辺縄張りなのか」
「沓沢がでしょ」
「美香りん、お友達?」
「そうなの。璃子に紹介するね。沓沢くんは元クラスメイトでね、同じテニス部だったんだ」
七威に帰宅部じゃないことがバレたな。不思議と焦りはなかった。僕の部活歴など気にもとめてないだろう。
ロングヘアの子が、「木村璃子です」と自己紹介した。おとなしめの雰囲気で、前髪をハートのピンで留めている。
「俺は青山七威。テニスは少し習ったことがあるけど、ほぼ初心者だよ」
七威が控えめに自己紹介した。やっぱり経験者か。隣のテーブルに腰掛けた園田たちの目が輝いた。
「青山くん、イケメンってよく言われない?」
「や、別に。俺的にイケメンは結都ちゃんだから」
イケメン枠で借り人競争に出てたやつが言うな。
「やだー呼び方かわいい」
「沓沢もちゃん付けで呼んでるの」
「呼ばないよ」
「もっと仲良ししなよー!」
七威が女子特有のテンションから逃れるように僕を見た。
「帰宅部って言ってなかった? テニス部だったんだ」
「あー……途中でやめたんだよ」
「どうして」
「単に興味を失ったっていうか」
「球技大会、テニスに出れば? 結都ちゃんなら上位狙えるでしょ」
「やだよ」
僕のレベルも知らないくせに適当なこと言って。そういう七威はどうなんだ。去年の試合結果は知らないが、初心者と言いつつ自信がなければテニスを選ばないだろう。
「いいなぁ、球技大会あるんだね。沓沢は何の種目だったの」
「バスケ。慣れたところで今年もバスケにしようかな」
上手いわけじゃない。こだわりがあるわけでもない。テニス以外ならなんだっていい。それだけだ。
話の途中、園田と木村さんが「体育祭の男子は三割増し格好いい」だの「共学じゃないのがツライ」だの、脱線してくれたお陰でテニスから話がそれた。
見たくないものに蓋をし続けるのは現実逃避だ。でも笑って話せるほど僕の中で過去になってない。
昇華しきれない気持ちを放り込んだ鍋は、魔女の呪いがかかったみたいに次第に黒く煮詰まっていく。透明な色に戻したくても、心が綺麗じゃない僕には無理だ。葬ったはずの嫌な感情は、まだここにある。
「ねえねえ、青山くん。部活入ってる?」
木村さんがフラペのストローをいじりながら訊ねた。
「何も」
「趣味は? ハマってることとか」
「特にないかな」
七威の返しが淡泊すぎる。薄く笑顔を保ってるせいか冷たく感じないが、僕と話してる時と比べ落差が激しい。いつもの人懐っこさはどこへ行った。実は人見知りだったのか。
キャッチボールが続かないのも何のその、木村さんは七威に興味津々だ。
「水曜のドラマ見てる? キュンがいっぱいなの。主題歌もめっちゃ可愛くて」
「うちテレビない」
「ないの⁉」
全員驚いた。テレビが有害だと子供に見せない家庭もあるらしいが、七威の場合は教育方針じゃなく、パソコンで事足りるからという理由だった。テレビは惰性で見るけど、案外なくても困らないアイテムかも。
「あとはぁ……そうだ、好きな食べ物は?」
「俺は卵焼きかな。結都ちゃんは何が好き?」
質問が急カーブで飛んできた。木村さんを飛ばしてなぜ僕に訊く。
「私、知ってる。沓沢が好きなのはメロンパン。ね!」
「え……うん」
自分の嗜好を人の口から聞くのは恥ずかしいものがある。焼肉やハンバークならまだしも、メロンパンて。
「俺も好き。美味しいよね」
仲間がいた。そういえば七威は甘党だった。あんまり味に当たりはずれがないが、一番美味しいと感じたのは、数年前にもらったメロンパンだ。どこの店だったんだろう。忘れられなくて同じものを探してるが、いまだに巡り会えない。
「見て見て。ご縁ができた記念に、私からとっておきの提案がありまーす」
園田が「じゃじゃーん」と擬音つきで、スクバから二枚のチケットを取り出した。
「良かったら、みんなでアクアラッシュ水族館に行きませんか」
「美香りん、それ無料券?」
「もっちろん」
「園田って、やたらとフリーパス持ってるな」
「パパが会社でもらってくるの。一枚でふたり入場できるよ」
「わぁ、四人で行けるね! アクアラッシュ初めて。美香りん最高ぉ」
「イエーイ」
水族館。デートの定番だ。しかも四人で。女子はめちゃくちゃ盛り上がってるが、僕は複雑だった。七威の都合もあるし、今日会ったばかりの相手の誘いに応える義理はない。
「僕はともかく、七威は――」
「いいよ、行っても」
「マジで?」
予想外の返答だった。やんわり断ると思ってた。気を遣ったのか、それとも園田たちを気に入ったのか。
果たして僕は、喜んでいいのだろうか。