土日はオンラインゲームをしたりYouTubeを見たり、ちょこっと勉強したり、いつも通り怠惰な休日を過ごした。
 園田から連絡はなかった。少しほっとした。女子との友情は成立する派だが、彼女でもない相手と積極的に会おうと思えない。誘われたらどう断ろうかと考えたものの、ゲームしてるうちにきれいさっぱり忘れた――はずだった。
「おつー、結都ちゃん!」
 放課後、委員会室で生徒会新聞の記事を書いていると、七威が訪ねて来た。勝手知ったる生徒会室。七威が慣れた様子で受付の席に座った。
「七威……また来たの」
「はは。今日も同じリアクション。ていうか、あのメガネ、いない?」
「工藤先輩なら部活だよ。招集日じゃないからいるのは僕だけ」
「最高のシチュじゃん」
 七威がふっと緊張を解いた。お互い天敵扱いなんだろうか。
「ねー、結都ちゃん。金曜日、駅前で見かけた。ラケット持ってたの、彼女?」
 マジか。目撃されてたとは油断した。
「中学の同級生だよ。偶然帰り道で会って」
「デートしたと」
「だから彼女じゃないし」
 ふと疑問に思う。なんで僕は言い訳してるんだ。よくわかんなくなってきた。別に誰と会おうが僕の自由で、七威に関係ないだろう。
「ドーナツ美味しかった?」
「え……うん」
 七威がテーブルに頬杖をつき、上目遣いで僕を見た。その仕草に僕の知らない七威が混ざってて、なぜだかドキッとする。いつも子供っぽいのに急に大人びた顔するな。
「ジェラートは俺と行ってくれるんだよね」
「企画書が及第点取れたらね」
 そう言うと、七威はいつもの人懐っこい笑みを浮かべた。工藤先輩が言ってた「おまえ何も知らないんだな」って、本来の七威はフレンドリーじゃないって意味、かな。相手によって態度が違っても、クラスが離れてるし確かめようがない。
 僕の知らない七威が存在する。別の顔がある。僕だって同じだ。百パーセント自分をさらして生きてるやつなんていない。七威は何に怒ったり笑ったりして毎日を過ごしてるんだろう。
「企画書もなんだけど、今日は別のお願いがあってさ。球技大会のポスター貸してよ」
「ポスター? なんで」
「俺、体育祭実行委員なの」
「知ってる」
 体育祭実行委員は任期が一年間で、前期の体育祭と後期の球技大会を担当する。高校の施設だけでは足りないため、外部のグラウンドやコートを借りて行われるのだ。
「昔のポスターとデザインがかぶらないようにしたい」
「七威が描くの」
「俺、美術3なんだよ」
「ふつうだね」
「だからこそ参考にしたいの!」
「わかったわかった。こっちおいで。隣が資料室だから」
 僕は鍵を手に七威を呼んだ。
「そのキーホルダーって、結都ちゃんの?」
「違うよ。先輩の置き土産」
 生徒会室の鍵には代々受け継がれたキーホルダーがついている。黒鳥が両翼を広げたデザインだ。くちばしにスワロフスキーの粒をくわえてる。名前はナイト・バード。天の使いらしいが、僕にはどうしたってカラスにしか見えない。
「これがどうかした?」
「同じの持ってる人知ってるんだ。結都ちゃんはナイト・バードの鳴き声、聞いたことある?」
「いや、いるの、実際?」
小夜啼鳥(さよなきどり)って説もあるけど、夜に鳴いてればみんなナイト・バード」
「アバウトだね」
 しかも鳥って夜に鳴くのだろうか。朝のイメージしかない。
「聞けたらラッキーなんだよ。おまえは守られてるから自由に飛び立てって歌ってるんだ。くちばしの星は、涙とも希望の種とも言われてる」
 希望の種……そんな逸話があったんだ。
「まあ受け売りだけどね。それより部外者が入って大丈夫? メガネに何か言われそう」
「僕がいれば平気だよ。っていうか、ちゃんと工藤先輩って呼んで」
「ハイハイ」
「秋のポスターをいまから用意って早いね」
「案を持ち寄るところからだし、余裕をもってって感じかな」
 ポスターは資料室の隅に置いてあった。蓋なしの段ボールに丸めて立ててある。
「結都ちゃんは去年なんの種目だった? 俺はテニス」
「僕はバスケ」
「中学校でやってたの?」
「帰宅部だったよ」
「へえ、意外。脚速いしスポーツやってそうなのに」
 テニスをやめた理由を説明するのが面倒で、とっさに嘘をついた。退部後はどこにも所属しなかった。すべてが嘘でもないだろう。
 スポーツの話題になると、過去の部活が必ずついて回る。七威はテニス部だったんだろうか。訊こうとして、自分のことも話さなきゃいけなくなるのが嫌でやめた。
「どれからにする?」
「古いやつ。わー埃っぽい」
「文句言わないの」
 七威がポスターを広げて、僕がスマホに収めていくことになった。それを何回か繰り返したところで七威がぼやく。
「結都ちゃん、なんか疲れた」
「きみのためにやってるんだが?」
 確かにポスターを広げて撮るアナログ加減は非効率と思い始めたのも事実だった。時間がかかりすぎる。
「作品集めた冊子とかないの」
「近いものはあるけど」
「早く言ってよ」
 卒業文集に載ってるものはサイズの小さいサムネイルで細部まで確認できない。それでもポスターを撮るよりはいいと言うので、七威に数冊貸し出すことになった。その中の一冊に七威が目を留めた。
 パラパラとめくり、委員会紹介のページで手を止める。生徒会執行部の集合写真が載っていた。
「この人だよ、キーホルダーの持ち主」
 僕と七威は同時に同じ人物を指さした。橘暁季(たちばなあつき)。僕と入れ替わりで引退した生徒会長だ。
「七威はどういうつながり?」
「中学校が同じだっただけ」
 それにしてはずいぶん懐かしそうに眺めてたけど。まあ僕には関係ないことだ。
「ここにサインして」
 資料の貸し出しノートに日付と冊子名を書き、七威に渡した。
「結都ちゃん、このシャーペン書きやすいね」
「わかる? 軸の太さと低重心なとこが神なんだよ」
 初めて見た七威の文字。右上がりに書くんだな。
「シャーペンを冷静に熱く語る結都ちゃんプライスレス。俺も欲しい」
「ロフトに売ってるんじゃないかな」
「買いに行こうよ。今日行こう。戸締りしてすぐ出よう」
「マジで言ってる?」
「結都ちゃんとデート! 冊子ロッカーに閉まってくる。エントランスで待ち合わせね」
 デートってなに。まず人の返事を聞けっての。ああもう、七威ってほんと自分本位で笑う。