何も知らないって、なんだ。少なくとも同中だった工藤先輩は、僕より七威を知っている。僕って鈍感なんだろうか。釈然としない帰り道、学校最寄りの駅前で中学時代のクラスメイトに会った。
「沓沢ぁ、偶然ね」
「園田か、久しぶり。相変わらず黒いな」
「もう、小麦色と言って欲しいわ」
鉄紺色のブレザーとチェックのスカートは來多女子校、通称K女の制服だ。髪型は以前と同じショートボブで、すぐ園田だとわかった。
「時間ある? ドーナツ食べてこうよ。無料券持ってるの」
誘いを断る理由もなく、いいよとOKした。そういえば七威とも食べに行く約束してたな。新しくできたジェラートの店ってどの辺だろうと駅ビルを見上げた。
「園田は部活帰り?」
「汗くさい?」
「全然。僕のほうがやばいかも。五時限目、体育だったし」
「全然。むしろ爽やかでむかつく」
「なんだよそれ」
僕たちは駅ビルのドーナツショップに入った。カウンターで一個ずつドーナツを頼み、窓側のハイスツールに腰かけた。店内は女子高生と小さな子供連れの主婦が多い。
「沓沢は彼女できた?」
「男子校で出会いもないのに彼女なんてできないよ。そういう園田は?」
「女子校で出会いもないのに彼氏ができると思う?」
「相変わらずテニス一筋なんだな」
僕はとっくの昔にリタイアした。手放したものをほかの誰かが大事にしてるのを見るのは、少し息苦しい。
二度と関わりたくなくて、テニス部のない高校を選んだ。仲の良かった友達とは離れたが、テニス部があるより全然マシだ。
やめた理由を知る園田は、一瞬寂し気な目をした。
「沓沢は部活入ってたっけ?」
「読書部」
「地味ね」
「全国の読書部員に謝れ」
「うそうそ、ごめん。冗談」
僕たちは同じタイミングで吹き出した。
「ゆるくていいよ。月イチの部活なんだ」
「ほかの日はバイト?」
「生徒会」
「ほんと? ポジションは。忙しい?」
「広報だよ。雑用も多いし、そこそこ忙しいかな」
「わたしなんて立候補したいとも思わないよ。すごいわねぇ」
「親戚のおばさんみたいに感心しないで」
「誰がおばさんよ!」
しばらくお互いの近況を報告し合ってるうち、また部活の話に戻った。共通点がテニスだから仕方ない。
「元気そうで安心したわ。中学の時はテニス部でいろいろあったでしょ。沓沢の力になれなくて、私……」
「退部は僕の意志で決めたんだ。園田が責任感じる必要ないだろ」
「でも……肩は? まだ痛む?」
園田の日に焼けた手が僕の肩に伸び、触れる直前止まった。ぎこちなく引っ込んだ手。まだ怪我のこと気にしてるんだなと思った。その原因を作ったのは自分で、園田にも少なからず影を落とした。
「平気だよ、冷えると痛む時もあるけど。心配性だな、園田は僕の母さんか」
「十七の乙女におばさんだのお母さんだの、暴言吐きまくりね。お仕置き」
「いて」
園田は僕の頬をつねった。ドキッとしたのはアイスのカップを持っていた指先が冷たかったからだ。
「また会おうよ沓沢。連絡先変わってないわよね」
「忙しいし」
「なに社畜みたいなこと言ってるの。土日も生徒会あるわけじゃないでしょ!」
園田はハイスツールからぴょんと飛び下りると、スクバとラケットを肩にかけ「またね」と店を出て行った。
「放課後じゃなく、……休日?」
僕と園田の間にあるのは、色気じゃなく健やかさだけだ。男とか女とか意識しなくていい。自分を格好良く見せようとか取り繕う必要もない。園田は嫌いじゃないが、彼女というより友達って感じなんだよな。たぶんむこうも同じだろうけど。
「沓沢ぁ、偶然ね」
「園田か、久しぶり。相変わらず黒いな」
「もう、小麦色と言って欲しいわ」
鉄紺色のブレザーとチェックのスカートは來多女子校、通称K女の制服だ。髪型は以前と同じショートボブで、すぐ園田だとわかった。
「時間ある? ドーナツ食べてこうよ。無料券持ってるの」
誘いを断る理由もなく、いいよとOKした。そういえば七威とも食べに行く約束してたな。新しくできたジェラートの店ってどの辺だろうと駅ビルを見上げた。
「園田は部活帰り?」
「汗くさい?」
「全然。僕のほうがやばいかも。五時限目、体育だったし」
「全然。むしろ爽やかでむかつく」
「なんだよそれ」
僕たちは駅ビルのドーナツショップに入った。カウンターで一個ずつドーナツを頼み、窓側のハイスツールに腰かけた。店内は女子高生と小さな子供連れの主婦が多い。
「沓沢は彼女できた?」
「男子校で出会いもないのに彼女なんてできないよ。そういう園田は?」
「女子校で出会いもないのに彼氏ができると思う?」
「相変わらずテニス一筋なんだな」
僕はとっくの昔にリタイアした。手放したものをほかの誰かが大事にしてるのを見るのは、少し息苦しい。
二度と関わりたくなくて、テニス部のない高校を選んだ。仲の良かった友達とは離れたが、テニス部があるより全然マシだ。
やめた理由を知る園田は、一瞬寂し気な目をした。
「沓沢は部活入ってたっけ?」
「読書部」
「地味ね」
「全国の読書部員に謝れ」
「うそうそ、ごめん。冗談」
僕たちは同じタイミングで吹き出した。
「ゆるくていいよ。月イチの部活なんだ」
「ほかの日はバイト?」
「生徒会」
「ほんと? ポジションは。忙しい?」
「広報だよ。雑用も多いし、そこそこ忙しいかな」
「わたしなんて立候補したいとも思わないよ。すごいわねぇ」
「親戚のおばさんみたいに感心しないで」
「誰がおばさんよ!」
しばらくお互いの近況を報告し合ってるうち、また部活の話に戻った。共通点がテニスだから仕方ない。
「元気そうで安心したわ。中学の時はテニス部でいろいろあったでしょ。沓沢の力になれなくて、私……」
「退部は僕の意志で決めたんだ。園田が責任感じる必要ないだろ」
「でも……肩は? まだ痛む?」
園田の日に焼けた手が僕の肩に伸び、触れる直前止まった。ぎこちなく引っ込んだ手。まだ怪我のこと気にしてるんだなと思った。その原因を作ったのは自分で、園田にも少なからず影を落とした。
「平気だよ、冷えると痛む時もあるけど。心配性だな、園田は僕の母さんか」
「十七の乙女におばさんだのお母さんだの、暴言吐きまくりね。お仕置き」
「いて」
園田は僕の頬をつねった。ドキッとしたのはアイスのカップを持っていた指先が冷たかったからだ。
「また会おうよ沓沢。連絡先変わってないわよね」
「忙しいし」
「なに社畜みたいなこと言ってるの。土日も生徒会あるわけじゃないでしょ!」
園田はハイスツールからぴょんと飛び下りると、スクバとラケットを肩にかけ「またね」と店を出て行った。
「放課後じゃなく、……休日?」
僕と園田の間にあるのは、色気じゃなく健やかさだけだ。男とか女とか意識しなくていい。自分を格好良く見せようとか取り繕う必要もない。園田は嫌いじゃないが、彼女というより友達って感じなんだよな。たぶんむこうも同じだろうけど。