夏休み直前、梅雨明けしたにもかかわらず、雨は降ったりやんだりを繰り返していた。昼休みが始まってすぐ、校内放送が流れた。
『2-Aの沓沢くん、沓沢結都くん。大至急生徒会室へ来るように』
この声、工藤先輩だ。いきなり名前を呼ばれて、飲み込んだサンドイッチの欠片で窒息しそうになった。
『一分以内に来ないと罰ゲームだぞ』
無茶ぶり過ぎる。隣で弁当をかき込んでいたクラスメイトが爆笑した。
「沓沢、何やらかしたんだ」
「心当たりがありすぎてわからない」
急いでペットボトルのキャップを閉め教室を出た。校内放送はやめて欲しかった。呼ばれれば行くが、さすがに一分は無理だ。
楽しい話じゃないのは何となくわかる。沈む気持ちを奮い立たせ廊下を走った。
僕の教室と離れた棟だ。いったん一階に下りて、長い廊下を渡り三階へ上がる。執行部の仕事をするために、毎日この場所を通った。見慣れた校舎は、すでに懐かしい気配が漂っていた。
「残念、時間オーバーだな」
ドアを開けると、生徒会室で待っていたのは生徒会長と工藤先輩だった。会長の手には僕が提出した辞表が収まっていた。
「いきなり、なんのイベント発生ですか」
肩で息を切らしながら訊ねると、会長がおもむろに口を開いた。
「辞表の件、反故ってことでいいな? それとサボった罰として、後期も役員を続けること」
「え、……ええ? だって、選挙は」
「会長の推薦と校長の承認があれば続投なの知ってるだろう」
僕の戦慄をよそに、会長は楽しげだった。
「年にひとりふたりは任期途中で辞めたいって言い出すのがいるんだ。引き留められるか、会長としての手腕が試される」
めちゃくちゃ迷惑かけてる。わかってはいたけど申し訳なさで身が縮まった。
「生徒会新聞のファンがいるんだ。特にエッセイの」
「誰ですか……七威?」
「と、校長。まあ軒並み先生方には好評だ」
「知りませんでした」
「俺も花丸あげてただろう。ということで、続きは工藤、よろしくな」
会長は辞表を工藤先輩に託すと、生徒会室を出て行った。続投って……。今日で最後かと思っていたのに予想と反してる。
「辞表は七威が会長に直談判して回収したんだ。校長の目には触れてない」
工藤先輩は辞表を封筒ごとシュレッダーにかけた。めりめりと音を立て辞表が呑まれていく。
「大した理由もなく、仕事に穴開けたんですよ?」
「会長の話によれば、沓沢のお姉さんが足怪我して大学に送迎しなきゃならなくて、しばらく生徒会休んだことになってる」
「僕、バイクも車も免許持ってませんけど」
「自転車だよ」
「そ……、え?」
会長って実はお茶目な人だったんだな。タンデムならまだしもチャリふたり乗りはあり得なすぎる。
「すみません。僕、勝手なことばかりして」
「いいんだ、おれにも非があるしな。巻き込んで悪かった。で、会長が提示した件、今日中に決めてくれ。さすがに引き延ばせない」
すっかりやめた気になっていた。出戻る心の準備ができてない。とはいえ辞表はシュレッダーの中だ。
「橘先輩、怒りませんか」
七威に近づくなと言われた。生徒会をやめてくれて感謝してるとも言われた。試合にも負けたんだ。
「暁季さんは関係ない。おまえがやるかやらないか。やりたいかやりたくないかだよ」
どちらを選ぶか。僕の意志で決める。それなら答えは――。
「……続けます」
「聞こえたか、青山。奔走した甲斐があったな」
資料室のドアがゆっくり開いた。出てきたのは七威だった。
「沓沢、あとは頼んだ」
生徒会室の鍵を渡された。手の中でくちばしのスワロフスキーが、きらりと光った。
『2-Aの沓沢くん、沓沢結都くん。大至急生徒会室へ来るように』
この声、工藤先輩だ。いきなり名前を呼ばれて、飲み込んだサンドイッチの欠片で窒息しそうになった。
『一分以内に来ないと罰ゲームだぞ』
無茶ぶり過ぎる。隣で弁当をかき込んでいたクラスメイトが爆笑した。
「沓沢、何やらかしたんだ」
「心当たりがありすぎてわからない」
急いでペットボトルのキャップを閉め教室を出た。校内放送はやめて欲しかった。呼ばれれば行くが、さすがに一分は無理だ。
楽しい話じゃないのは何となくわかる。沈む気持ちを奮い立たせ廊下を走った。
僕の教室と離れた棟だ。いったん一階に下りて、長い廊下を渡り三階へ上がる。執行部の仕事をするために、毎日この場所を通った。見慣れた校舎は、すでに懐かしい気配が漂っていた。
「残念、時間オーバーだな」
ドアを開けると、生徒会室で待っていたのは生徒会長と工藤先輩だった。会長の手には僕が提出した辞表が収まっていた。
「いきなり、なんのイベント発生ですか」
肩で息を切らしながら訊ねると、会長がおもむろに口を開いた。
「辞表の件、反故ってことでいいな? それとサボった罰として、後期も役員を続けること」
「え、……ええ? だって、選挙は」
「会長の推薦と校長の承認があれば続投なの知ってるだろう」
僕の戦慄をよそに、会長は楽しげだった。
「年にひとりふたりは任期途中で辞めたいって言い出すのがいるんだ。引き留められるか、会長としての手腕が試される」
めちゃくちゃ迷惑かけてる。わかってはいたけど申し訳なさで身が縮まった。
「生徒会新聞のファンがいるんだ。特にエッセイの」
「誰ですか……七威?」
「と、校長。まあ軒並み先生方には好評だ」
「知りませんでした」
「俺も花丸あげてただろう。ということで、続きは工藤、よろしくな」
会長は辞表を工藤先輩に託すと、生徒会室を出て行った。続投って……。今日で最後かと思っていたのに予想と反してる。
「辞表は七威が会長に直談判して回収したんだ。校長の目には触れてない」
工藤先輩は辞表を封筒ごとシュレッダーにかけた。めりめりと音を立て辞表が呑まれていく。
「大した理由もなく、仕事に穴開けたんですよ?」
「会長の話によれば、沓沢のお姉さんが足怪我して大学に送迎しなきゃならなくて、しばらく生徒会休んだことになってる」
「僕、バイクも車も免許持ってませんけど」
「自転車だよ」
「そ……、え?」
会長って実はお茶目な人だったんだな。タンデムならまだしもチャリふたり乗りはあり得なすぎる。
「すみません。僕、勝手なことばかりして」
「いいんだ、おれにも非があるしな。巻き込んで悪かった。で、会長が提示した件、今日中に決めてくれ。さすがに引き延ばせない」
すっかりやめた気になっていた。出戻る心の準備ができてない。とはいえ辞表はシュレッダーの中だ。
「橘先輩、怒りませんか」
七威に近づくなと言われた。生徒会をやめてくれて感謝してるとも言われた。試合にも負けたんだ。
「暁季さんは関係ない。おまえがやるかやらないか。やりたいかやりたくないかだよ」
どちらを選ぶか。僕の意志で決める。それなら答えは――。
「……続けます」
「聞こえたか、青山。奔走した甲斐があったな」
資料室のドアがゆっくり開いた。出てきたのは七威だった。
「沓沢、あとは頼んだ」
生徒会室の鍵を渡された。手の中でくちばしのスワロフスキーが、きらりと光った。