「結都ちゃん……俺、もう無理。キスだけじゃ我慢できない」
「だめ、だめだって」
 優しく床に押し倒された僕は七威の下で身をよじった。
「いまはキスだけで我慢して。僕まだ勉強不足で」
「大丈夫、俺が教えるから」
「無理っ」
 さりげなく経験者なのか? それとも冗談? いや、知りたくない。嫉妬で狂う。
「結都ちゃん、可愛さだだ漏れさせるのやめて。どれだけ俺の心がかき乱されるか」
「漏れてない」
「これだから無自覚エロは」
「言い方」
 不意に、鳥のさえずりがした。空耳かと思った。七威にも聞こえたらしい。僕たちは起き上がり窓を開けた。雲の隙間に月が見える。間をおいて、またさえずりが聞こえた。
「七威の話してたナイト・バードかも」
「ほんとにいたんだ」
 ――おまえは守られているから自由に飛び立てと歌ってる。
「……僕も、いつか飛び立てるかな」
「とっくに。結都ちゃんはもう、飛び立てたよ」
 七威は誰にナイト・バードの話を教わったんだろう。橘先輩だろうか。代々受け継がれている生徒会室のキーホルダーは、あの人のものだった……? たぶん、そうだ。腑に落ちて胸が切なくなった。
「結都ちゃんと試合したって、橘先輩に聞いた。何を決める勝負だったの」
 そこまでは耳に入ってるんだ。テニスが嫌いだと言った舌の根の乾かぬ内に試合するとか、あきれてるだろうな。
「ごめん、僕からは話せない」
「どうして」
「橘先輩との約束だから」
 七威と会わない約束はとっくに破っている。
「流れで、試合することになって。まさかテニスだと思わなかった。OKした手前、断るのも逃げ出すのも嫌で」
「久しぶりのゲームはどうだった?」
「結果は散々だった。でも、橘先輩と試合できて良かったよ。ずっとテニスを憎んでたけど、本当は好きだったと気づけた」
 僕の話を聞く七威の表情はとても穏やかだ。
「それを聞いて安心した。よく頑張ったね」
「や……頑張ったっていうか、負けたんだよ」
「テニスしてる結都ちゃん、格好良かったよ。いい試合だった」
 思いがけないことを言われて、一瞬惚けてしまった。
「なんで知ってるんだよ」
「工藤先輩が試合の動画撮っててくれたんだ。移動中に見た」
 いつの間に。工藤先輩ならやりかねないが、隠し撮りは盲点だった。七威が見てくれるなら、なおさら勝ちたかった。
「橘先輩はいい試合だって言ったけど、結果を知ってるだけに見るのが怖かった。傷を負った結都ちゃんが余計傷ついたら――俺は、試合を見たことを後悔する。でも、全然心配いらなかったね」
 試合は第一ゲームから白熱してたと、七威が感想を話し始めた。
「橘先輩のサーブに結都ちゃんがリターン。余計な力みのない綺麗なフォームだった。点を取ったり取られたり、どちらも譲らない。橘先輩は上手いほうだけど、結都ちゃん全然負けてなかった。一瞬一瞬、目が離せなかった。ずるいよ。ふたりとも羨ましいくらい輝いてた。見終わったあと、胸がいっぱいでしばらく動けなかった」
 七威の言葉が素直に嬉しかった。試合には負けたけど、努力が少し報われた気がした。