七威がミネラルウォーターのペットボトルを二本、ローテーブルに置いた。エアコンの吹き出し口から、冷たい風が流れ出す。僕たちは隣り合って座った。
「滞りなく済んだ?」
「お陰様で。ガラクタも貰ってきた」
 七威がリュックから取り出したのは、僕へのお土産とくたびれた犬のぬいぐるみだった。
「七威が持ってるのと同じだ」
「もうすぐ五十になる男がヤバくない?」
「絆を感じる」
「ポジティブ思考だね」
「だってそれ以外ないよ」
 七威はミネラルウォーターを飲みながら、「持って帰って来る俺も大概だよね」と自嘲した。
「ほかには?」
「デジカメ。放浪先で撮った写真くらいは見れるかもね」
「まだ見てないの」
「バッテリー切れ」
 七威がテーブルにカメラを置いた。ぱっと見、本格的な機種のようだった。
「預かってくれてた人、マークさんだっけ。何か話せた?」
「それがさ、聞いてよ結都ちゃん。俺のヒアリングが正しければ、親父とマークは恋人同士だったんだ」
「え……」
「驚くよね。俺も驚いた。出迎えてくれた空港で、俺を見るなり大人げもなく泣き出したんだよ。カズトが亡くなったのは自分のせいだって。許してくれって。でも山に登りたいって言い出したのは親父のほうなんだ。死んだのは自業自得。気にするなって慰めるの大変だった」
 お父さんとマークは旅先で出会ったらしい。
「日本でお金をためて、外国へ行くの繰り返し。そんな親父と、たぶん結婚する予定だったんだよ。ドイツは同性婚できるんだ」
 見知らぬふたりが暮らした異国に思いをはせる。いろんな愛の形があるんだ。あっていいんだ。ありのままが難しいこともあるけれど……自分らしく生きられるなら何より幸せだ。でも。
「怒りや悲しみはある?」
 七威を放って、恋人といるのを優先した父親に対してどう思うかなんて。訊いたあと酷だったと取り消したくなった。
「ごめん、変なこと訊いた」
「いや、俺もその辺はいろいろ考えた。正直怒りがまったくないとは言えないよ。けどさ、子供みたいに泣くマークを見てたら、責められなくて。親父は親父で毎月の仕送り以外に、けっこうまとまった額貯めてたんだ。いつかドイツで俺と一緒に暮らすって。馬鹿だろ。大人になった俺が一緒に住むわけないじゃん。どうしていまそれができないんだよって」
「そうだね」
「あきれるよ。なんで俺、あいつの息子なんだろ……」
 長年降り積もった感情を、たやすく消化も昇華もできないだろう。する必要もない。いまはまだ。
「このぬいぐるみ、僕の家にもあったよ」
 僕はポケットにしまっていたマスコットを取り出し七威に見せた。手の平の半分ほどの大きさだ。
「これ……」
「部屋を片付けたら出てきた。小六の夏休みに、僕が通ってたテニスクラブの体験入会に来た子にもらったんだ。その子、お昼にメロンパン持って来てて、僕のお弁当と交換して食べたんだよ。思えば、その子が僕の初恋だったなって、懐かしくなった」
「待って待って待って。結都ちゃん、それは不意打ちすぎる」
「どうして」
「その子、市川って名前じゃなかった? 髪長くて目が隠れててめちゃ暗くて」
「暗くはなかったよ。なんで知ってるの」
「それ、俺」
 僕は固まった。冗談だろう、そんなの。