日が経ち落ち着いたものの、僕の周辺は公開告白を面白がる輩のおかげでしばらく騒がしかった。
僕はざっくり聞き取れたけど、七威が早口だったせいか、大多数がヒアリングできたのは後半部分の「 “I love Yuto.” 」のところだった。七威はここだけゆっくりしゃべったのだ。
借り人競争は七威のお陰で高得点を獲得し、この後の紅白対抗リレーも制し、白組は二年連続優勝したのだが。
その場のノリで愛を捏造するのやめて欲しい。
「だいたい、好きってなんだよ。まともに話したの、体育祭が初めてじゃないか」
「結都ちゃん、恋したことないの? しゃべらなくたって成立するんだよ」
七威が奇異なものを見るような目を向けた。
恋くらいしたことあるわ。
体育祭を境に七威と縁ができた。できてしまったのだ。一光年あった距離が一メートルに縮まった。幸か不幸か。
言動が軽いわりに、あの英語力。授業で読み書きするのとしゃべれるのでは大違いだ。七威の唯一尊敬できるところだった。
体育祭の数日後、七威から「同好会を立ち上げたい」と相談があり、申請手順や企画書づくりを教えることになった。唐突だなと思ったが、本人はずっと温めていたらしい。
「同好会、結都ちゃんも入ってくれる?」
「僕は読書部なの」
「部活も同好会も掛け持ちOKじゃん」
「生徒会があって忙しいの」
「俺みたいのもいるしねー」
よくご存じで。そういうことだよ。
「じゃ、あんまり邪魔しないように今日は帰ろっかな。また明日ぁ」
七威が手を振り階段を駆け下りて行った。また来るんだ。最初は指示通り概要をまとめていたが、ここのところまじめに課題をこなさず、ただ雑談するだけになっている。僕の指導の仕方が悪いのか。
*
ノックして生徒会室の扉を開けると、工藤先輩がパソコンを前に作業していた。テーブルの上には体育祭関連の領収書がランダムに置かれてる。ブラックフレームの眼鏡が似合う会計担当、生徒会の家計簿係だ。
「工藤先輩、おはようございます」
工藤先輩が「おはよう」と返し、また画面に視線を向けた。挨拶は朝でも夜でも「おはよう」だ。
今日は集まりがなく、工藤先輩の他は誰もいない。招集日以外はみんな部活だ。読書部は月イチで活動している。本を読んだり、お勧めを紹介し合うのんびりした部だ。
「あんなの相手しないで却下すれば?」
工藤先輩が眼鏡のフレームを上げながらつぶやいた。工藤先輩は七威を敬遠してる。同中で、ちょっとすれ違いがあったらしい。それと、軽さが受け入れがたいとも。悪い奴じゃないんだけど。
「仮にも担当窓口なので、企画書のアドバイスはしないとですね」
「沓沢はお人好し。あんなスカスカの内容じゃ永遠に無理だよ」
工藤先輩もやる気のない企画書を見てるので、僕と同じ評価だ。改善が見られないようなら会長に上げず差し戻すつもりだ。
「資料室の片づけに来たんです。工藤先輩は何時まで作業しますか」
生徒会室は執務部屋の隣に資料室という名の倉庫がある。歴代の資料が保管されていてかなり雑多だ。誰も整理したがらずアイテムが増える一方で、今年度ようやく取捨することになった。僕がメインで、選別作業は意外と時間がかかる。任期内に終わる気がしない。
「おれは教習所のバスが来るまで。鍵預けるから戸締り頼む」
最近、工藤先輩は自動車学校に通い始めた。誕生月に免許取得を目指しているらしい。順調にいけば夏休み中に免許が取れるんじゃないだろうか。好きな人と出かけたい場所があると話していた。デートでドライブ、なんか大人だ。
「なにか手伝いましょうか?」
「いらない」
戦力外通告を受けた。工藤先輩はだいたい塩対応だ。兄がかまってちゃんなせいで、こんな性格になったと話していた。“環境が人を育てる”を地で行く先輩だ。
「次来たら追い返してやろうか」
プリントした用紙を横目に工藤先輩が電卓で検算を始めた。
「誰をです?」
「青山だよ」
「それだめでしょう」
「わずらわしいだろう、毎日」
「あー……すみません」
「なんで沓沢が謝る」
「指導不足なのはわかってます」
「そうじゃなくてさ、」
電卓をたたくのをやめて、工藤先輩が僕に向き直った。
「あいつ、沓沢のこと好きだろ」
「え……それはないです」
ドキッとした。否定しながら、企画書の箇条書きが脳裏をよぎる。“結都ちゃんの好きなところ”――。
あらためて思い出し、頬が熱くなった。待て違う。あれはからかいの延長だ。真に受けるな。
「体育祭の告白は冗談だと思ってるのか。気づけよ、鈍感」
「何に気づけと。それに僕、男ですよ」
「性別なんてとっくに飛び越えて来てんだよ、むこうは」
直接確かめたわけでもないのに、どうして工藤先輩がわかるんだ。七威が僕を好き? 工藤先輩の見込み違いだと思う。
「七威は誰にでもフレンドリーなんですよ」
「なわけあるか」
僕の主張は受け入れてもらえず、「おまえ何も知らないんだな」とあきれ顔でため息をつかれた。
僕はざっくり聞き取れたけど、七威が早口だったせいか、大多数がヒアリングできたのは後半部分の「 “I love Yuto.” 」のところだった。七威はここだけゆっくりしゃべったのだ。
借り人競争は七威のお陰で高得点を獲得し、この後の紅白対抗リレーも制し、白組は二年連続優勝したのだが。
その場のノリで愛を捏造するのやめて欲しい。
「だいたい、好きってなんだよ。まともに話したの、体育祭が初めてじゃないか」
「結都ちゃん、恋したことないの? しゃべらなくたって成立するんだよ」
七威が奇異なものを見るような目を向けた。
恋くらいしたことあるわ。
体育祭を境に七威と縁ができた。できてしまったのだ。一光年あった距離が一メートルに縮まった。幸か不幸か。
言動が軽いわりに、あの英語力。授業で読み書きするのとしゃべれるのでは大違いだ。七威の唯一尊敬できるところだった。
体育祭の数日後、七威から「同好会を立ち上げたい」と相談があり、申請手順や企画書づくりを教えることになった。唐突だなと思ったが、本人はずっと温めていたらしい。
「同好会、結都ちゃんも入ってくれる?」
「僕は読書部なの」
「部活も同好会も掛け持ちOKじゃん」
「生徒会があって忙しいの」
「俺みたいのもいるしねー」
よくご存じで。そういうことだよ。
「じゃ、あんまり邪魔しないように今日は帰ろっかな。また明日ぁ」
七威が手を振り階段を駆け下りて行った。また来るんだ。最初は指示通り概要をまとめていたが、ここのところまじめに課題をこなさず、ただ雑談するだけになっている。僕の指導の仕方が悪いのか。
*
ノックして生徒会室の扉を開けると、工藤先輩がパソコンを前に作業していた。テーブルの上には体育祭関連の領収書がランダムに置かれてる。ブラックフレームの眼鏡が似合う会計担当、生徒会の家計簿係だ。
「工藤先輩、おはようございます」
工藤先輩が「おはよう」と返し、また画面に視線を向けた。挨拶は朝でも夜でも「おはよう」だ。
今日は集まりがなく、工藤先輩の他は誰もいない。招集日以外はみんな部活だ。読書部は月イチで活動している。本を読んだり、お勧めを紹介し合うのんびりした部だ。
「あんなの相手しないで却下すれば?」
工藤先輩が眼鏡のフレームを上げながらつぶやいた。工藤先輩は七威を敬遠してる。同中で、ちょっとすれ違いがあったらしい。それと、軽さが受け入れがたいとも。悪い奴じゃないんだけど。
「仮にも担当窓口なので、企画書のアドバイスはしないとですね」
「沓沢はお人好し。あんなスカスカの内容じゃ永遠に無理だよ」
工藤先輩もやる気のない企画書を見てるので、僕と同じ評価だ。改善が見られないようなら会長に上げず差し戻すつもりだ。
「資料室の片づけに来たんです。工藤先輩は何時まで作業しますか」
生徒会室は執務部屋の隣に資料室という名の倉庫がある。歴代の資料が保管されていてかなり雑多だ。誰も整理したがらずアイテムが増える一方で、今年度ようやく取捨することになった。僕がメインで、選別作業は意外と時間がかかる。任期内に終わる気がしない。
「おれは教習所のバスが来るまで。鍵預けるから戸締り頼む」
最近、工藤先輩は自動車学校に通い始めた。誕生月に免許取得を目指しているらしい。順調にいけば夏休み中に免許が取れるんじゃないだろうか。好きな人と出かけたい場所があると話していた。デートでドライブ、なんか大人だ。
「なにか手伝いましょうか?」
「いらない」
戦力外通告を受けた。工藤先輩はだいたい塩対応だ。兄がかまってちゃんなせいで、こんな性格になったと話していた。“環境が人を育てる”を地で行く先輩だ。
「次来たら追い返してやろうか」
プリントした用紙を横目に工藤先輩が電卓で検算を始めた。
「誰をです?」
「青山だよ」
「それだめでしょう」
「わずらわしいだろう、毎日」
「あー……すみません」
「なんで沓沢が謝る」
「指導不足なのはわかってます」
「そうじゃなくてさ、」
電卓をたたくのをやめて、工藤先輩が僕に向き直った。
「あいつ、沓沢のこと好きだろ」
「え……それはないです」
ドキッとした。否定しながら、企画書の箇条書きが脳裏をよぎる。“結都ちゃんの好きなところ”――。
あらためて思い出し、頬が熱くなった。待て違う。あれはからかいの延長だ。真に受けるな。
「体育祭の告白は冗談だと思ってるのか。気づけよ、鈍感」
「何に気づけと。それに僕、男ですよ」
「性別なんてとっくに飛び越えて来てんだよ、むこうは」
直接確かめたわけでもないのに、どうして工藤先輩がわかるんだ。七威が僕を好き? 工藤先輩の見込み違いだと思う。
「七威は誰にでもフレンドリーなんですよ」
「なわけあるか」
僕の主張は受け入れてもらえず、「おまえ何も知らないんだな」とあきれ顔でため息をつかれた。