*
淡々と日々が過ぎていく。期末試験も終了し、夏休みはカウントダウンに入った。
負けたら身を引く、それ以前に、普通科と情報科ではほぼ接点がなく、七威と校舎内ですれ違うこともなかった。
生徒会執行部に在籍するのは夏休み前まで。そろそろ、会長の示した区切りの日が来る。
寝る支度を整えベッドで本を読んでいると、七威からメッセージが届いた。開くのをためらってる間に、表示は『送信を取り消しました』に変わっていた。
すぐ既読にしたら待ちかまえていたと思われそうで嫌だった。つまらないプライドが、邪魔をした。七威の言葉を受け取り損ねた後悔と罪悪感が、胸を重くする。
大した用事じゃなかった、そもそも送る相手を間違えた――そうだったら、自分を責めずに済む。そうであってくれと願った。気になるならこちらから動けばいい。でもできなかった。七威と離れて時間が経ち、僕は臆病になった。
灰色の雲が広がる休日の朝。ひと晩経ってもずっと心に引っかかっていた。七威にメッセージを送ろうか。そんなに気になるなら電話してみたら。そうだよ。なんでこんなに胸騒ぎがするんだ。
素直になれ。勇気を出せ。まず電話してみよう。それからどうするか決めればいい。僕は心を決めて、七威の名前をタップした。
五コール……まだ出ない。着信に気づいてないのか。どんどんコール音が増えていく。無視してる? 九コール目でようやくつながり安堵と不安が押し寄せた。
「もしもし。七威……?」
呼びかけても返事がない。外にいるらしく、スマホが雑踏の音を拾う。話したくないのかもしれない。僕はかまわず続けた。
「昨夜のメッセージ、消すから気になって」
『あれは……間違い』
「そう、なんだ」
ホッとしてる自分と、がっかりしてる自分がいた。七威の後ろで、電車の発車メロディーが鳴っている。心なしか、元気がない。
『嘘。ほんとは……いや、でも』
「何かあった?」
息苦しくなるほどの、長い長い沈黙だった。
『……クソ親父が、死んだ』
殴られたような衝撃と同時に、全身から血の気が引いた。
僕は七威が辛かった夜、自分のプライドを優先して無視した。不安だったろうに、こんなひどいことってあるだろうか。自己嫌悪があまりに強くてめまいがした。
なぜだかわからないが七威が羽田にいる。急いでも一時間はかかるが、いま会いに行かなかったら、一生後悔する。
「出かけて来る」
母さんに伝えてリビングを出ると、クロを抱っこした英奈とすれ違った。「いってらー」と気の抜けた声がした。
ほんとにほんとに、僕って最低だ。ふと思い出し、駅のホームで工藤先輩に電話を入れた。
「朝早くにすみません。橘先輩の連絡先教えてください」
『どうしたんだ』
「やっぱり教えてくれなくていいです。後日伝えてもらえれば。僕、七威に会いに行きます」
『少し落ち着け。暁季さんに代わる』
なんで一緒にいるんだ。日曜の朝だぞ。
『駄犬、どういう了見だ。俺との取り決め破るってんなら、あとでボコられる覚悟があるんだろうな』
「どうとでも」
『ナナから聞いたのか』
「はい……」
殴りたいなら殴ればいい。いまは後先を憂えて立ち止まっていられないんだ。やや間があって、
『好きにしな』
電話が一方的に切れた。罵倒のひとつやふたつ飛んでくるかと想定していたのに。橘先輩たちはもう七威のお父さんが亡くなったのを知ってるのかもしれない。
淡々と日々が過ぎていく。期末試験も終了し、夏休みはカウントダウンに入った。
負けたら身を引く、それ以前に、普通科と情報科ではほぼ接点がなく、七威と校舎内ですれ違うこともなかった。
生徒会執行部に在籍するのは夏休み前まで。そろそろ、会長の示した区切りの日が来る。
寝る支度を整えベッドで本を読んでいると、七威からメッセージが届いた。開くのをためらってる間に、表示は『送信を取り消しました』に変わっていた。
すぐ既読にしたら待ちかまえていたと思われそうで嫌だった。つまらないプライドが、邪魔をした。七威の言葉を受け取り損ねた後悔と罪悪感が、胸を重くする。
大した用事じゃなかった、そもそも送る相手を間違えた――そうだったら、自分を責めずに済む。そうであってくれと願った。気になるならこちらから動けばいい。でもできなかった。七威と離れて時間が経ち、僕は臆病になった。
灰色の雲が広がる休日の朝。ひと晩経ってもずっと心に引っかかっていた。七威にメッセージを送ろうか。そんなに気になるなら電話してみたら。そうだよ。なんでこんなに胸騒ぎがするんだ。
素直になれ。勇気を出せ。まず電話してみよう。それからどうするか決めればいい。僕は心を決めて、七威の名前をタップした。
五コール……まだ出ない。着信に気づいてないのか。どんどんコール音が増えていく。無視してる? 九コール目でようやくつながり安堵と不安が押し寄せた。
「もしもし。七威……?」
呼びかけても返事がない。外にいるらしく、スマホが雑踏の音を拾う。話したくないのかもしれない。僕はかまわず続けた。
「昨夜のメッセージ、消すから気になって」
『あれは……間違い』
「そう、なんだ」
ホッとしてる自分と、がっかりしてる自分がいた。七威の後ろで、電車の発車メロディーが鳴っている。心なしか、元気がない。
『嘘。ほんとは……いや、でも』
「何かあった?」
息苦しくなるほどの、長い長い沈黙だった。
『……クソ親父が、死んだ』
殴られたような衝撃と同時に、全身から血の気が引いた。
僕は七威が辛かった夜、自分のプライドを優先して無視した。不安だったろうに、こんなひどいことってあるだろうか。自己嫌悪があまりに強くてめまいがした。
なぜだかわからないが七威が羽田にいる。急いでも一時間はかかるが、いま会いに行かなかったら、一生後悔する。
「出かけて来る」
母さんに伝えてリビングを出ると、クロを抱っこした英奈とすれ違った。「いってらー」と気の抜けた声がした。
ほんとにほんとに、僕って最低だ。ふと思い出し、駅のホームで工藤先輩に電話を入れた。
「朝早くにすみません。橘先輩の連絡先教えてください」
『どうしたんだ』
「やっぱり教えてくれなくていいです。後日伝えてもらえれば。僕、七威に会いに行きます」
『少し落ち着け。暁季さんに代わる』
なんで一緒にいるんだ。日曜の朝だぞ。
『駄犬、どういう了見だ。俺との取り決め破るってんなら、あとでボコられる覚悟があるんだろうな』
「どうとでも」
『ナナから聞いたのか』
「はい……」
殴りたいなら殴ればいい。いまは後先を憂えて立ち止まっていられないんだ。やや間があって、
『好きにしな』
電話が一方的に切れた。罵倒のひとつやふたつ飛んでくるかと想定していたのに。橘先輩たちはもう七威のお父さんが亡くなったのを知ってるのかもしれない。